第2回 人間性に対峙する情報活用を考える時代へ:サービスと情報の深遠なる関係
サービス産業を中心とする経済を支えるインフラとして、ITは必要不可欠になっている。ただ、サービスそのものを支える基盤としてはまだまだ。そこに存在するものに、情報を起点とする科学がようやくアプローチする段階に入っているだけだ――。
2006年の秋ごろに発行されたあるビジネス誌で、最近のサービス事業者の成功事例に関する特集記事があった。過去1年間に好業績で話題になったサービス事業を中心に数百例をピックアップした上で、生活者への認知度や顧客満足度などの調査を基に各社の評価を数値化し、それをランキング形式でまとめたものである。
第1位だったのは、驚異の集客アップで話題になっている北海道の旭山動物園、続く第2位は東京ディズニーリゾート、そして第3位にはザ・リッツ・カールトン大阪が挙げられていた。ほかにもアマゾン ジャパンやモスフードサービス、阪急百貨店などが上位に取り上げられていたと記憶している。
評価方法や選考基準に関してはいろいろな意見はあるだろうが、ここに登場する事業者が現代の日本を代表するサービス産業の成功者であり、革新者であることは事実である。それぞれのサービスには各企業独自のノウハウがあり、それらはサービス産業の生産性向上に関する格好の研究材料であることは間違いない。
サービスを支える本質に存在するもの
しかし、掲載されている事例について読んでいるうちに素直に感じたのは、サービスを支える本質に存在する「人間性」という、人と切っても切れない性質の存在だった。そして、そこに科学的な手法を持ち込んで研究を行うことは、新世紀のサイエンスとして非常に挑戦的な課題であると認識する一方で、それを意味のあるものにするには相当な覚悟と尽力が必要だと感じずにはいられなかった。人間性に科学的アプローチで臨むのはこれが最初ではない。別の言い方をすれば、情報を起点とする科学もようやくその段階に入ったということだろう。
昨今のサービス産業を中心とする経済を考えるに、成功している企業が特に重視している経営資源や投資対象は、質の高いサービスを開発し提供できる従業員の獲得や養成と、それを実現する場としての店舗や施設などに向けられているように思える。そして、いずれにおいてもITはそれを支えるインフラとして必要不可欠なものになっている反面、サービスそのものを支える基盤として確立されているわけではない。サービス産業のIT投資が製造業におけるSCMやERPのように一定の様式にまとまらない背景には、そうした問題が大きく影響している。
「個」を情報行動の単位とする新世紀の情報革命
そして一方の情報技術についても、その意味合いはここ数年で大きく変化しつつある。従来のような情報の処理を中心とした技術は、情報の伝達や共有といった側面を包含した技術に進化している。いままさに進行しているインターネットを中心とした新世紀の情報革命は、企業や職場のような従来型の組織集団を必ずしも前提としないことが大きな特長の一つだ。人間の活動をいったん「個」として独立した情報行動の単位としてとらえ、それをネットワークという手段によって時間や空間に必ずしも依存しない形で組織化できるという点で、組織や集団という概念における革新性なのである。そしてその影響は、モノよりも情報をより所にして営まれるサービスの領域において、より大きな意味を持ち得ることだろう。
「勘や経験に頼るのではない科学的・工学的手法によるサービス」という考え方は、一見すると非常に合理的ではある。しかし実際にそれを解明しようとその淵に立った途端、そこには従来のITが対象としてきたテーマよりもはるかに深遠な闇の世界が広がるのも事実である。
サービスの革新について考えることは、人間と情報の関係についてさらに深く考えることにほかならない。それは結局のところ、サービス産業だけにとどまらず、農業や漁業も含めた幅広い産業にとって大きな意味を持つことになると期待される(「月刊アイティセレクト」掲載中の好評連載「新世紀情報社会の春秋 第十五回」より。ウェブ用に再編集した)。
なりかわ・やすのり
1964年和歌山県生まれ。88年NEC入社。経営企画部門を中心にさまざまな業務に従事し、2004年より現職。デバイスからソフトウェア、サービスに至る幅広いIT市場動向の分析を手掛けている。趣味は音楽、インターネット、散歩。
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