「あ、パッチ、パッチ」と言うけれど:女性システム管理者の憂鬱(4/4 ページ)
ソフトウェアの不具合や脆弱性の修正に、もはやパッチは欠かせないもの。ただ、パッチの検証に慎重を期したつもりでも、適用後、想定外のトラブルに見舞われることもある。
わたし:「うちの犬、死んでたらどうしよう」
もう、その言葉が頭の中の想像なのか、実際に話した言葉なのか分からないほど、わたしの頭は疲れきっていた。
メーカー担当者:「死んでたら電話ください」
意外な言葉が返ってきた。しかし、その口調には力がなく、メーカー担当者も言葉の意味をかみしめる余裕もなく、とりあえず仕事相手に相づちを打っただけという感じだった。だいたい、わたしが犬を飼っていること自体、担当者は知らないし、そんな話をするほど親しい間柄ではない。それでも、黙っていると急に襲ってくる不安感を払しょくするために、内容のない会話は続けられた。
わたし:「電話ですか」
メーカー担当者:「電話です」
わたし:「なんでですか?」
メーカー担当者:「分かりません」
バックミラー越しにぎょっとした顔の運転手さんと目が合った。そんなすべての出来事もわたしには夢の中の出来事のように感じられた。自宅に戻り、ぴんぴんしている愛犬の姿を見て現実に戻ると、急に恥ずかしさがこみ上げてきた。
トラブル時に思い出される無意味なあのとき
朝を迎え出社してみると、メーカーの開発チームの夜を徹した調査により、原因が判明して修正用のパッチが早急に提供されることになった。わたしとメーカー担当者は今後の見通しについて協議したが、その席では、タクシーでの会話に触れられることはついぞなかった。
その後も、ウイルス騒動や大きなトラブルに見舞われるたびに、あのタクシーの中の記憶がよみがえる。暗闇の中、手の届きそうで届かない光を追っていく焦燥感。鳥肌が立つほどの恐怖を感じながら、同時にあの意味のない会話を思い出し、何とも言えない居心地の悪さを感じてしまうのだった。
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