あらかじめ失敗が約束された導入
IT導入成功の条件を最初に満たしておくべきと説かれるが、それは望んでもほぼ無理ではないか。実際、「成功条件」が不十分で導入されたシステムが随所にある。いっそ次善の策として実態に合わせて「成功条件」を当てにせず、まずITを導入し、その後成功へもっていく策を講ずることも必要でないか。
IT導入に際して関係者の意識改革が進むと、確かに業務改革もスムーズに行き、ユーザー意見も積極的に出され、システム稼働後も関係者の協力を容易に得られよう。
では、IT導入の際の「意識改革」とは何か。(1)基本的には、現状肯定から飛躍のための現状否定へ、(2)業務効率化から経営改革へ、(3)部分最適から全体最適へ、(4)旧ビジネスプロセスから新ビジネスプロセスへ、(5)クローズドな世界からオープンでグローバルな世界へなど、すべて、または目的に応じてそのいずれかについて変身することだろう。こう考えると、「意識」というのは一種の企業文化、あるいは風土である。簡単に変えられるものではない。実態を把握する意味で、少し現場の実例を検討してみよう。
軌道に乗せようという気がない
中堅の家電品販社Aが、SFAを導入することになった。精鋭を集めてプロジェクトチームを結成し、準備を始めたが、肝心の東京支店が非協力的だった。それは、B支店長がSFAに反対したからだ。Bは役員待遇で、全社に影響力を持った実力者だった。プロマネやシステム部門長、CIOらがBを説得したが、効果はなかった。そのうちBが大人しくなり、プロジェクトチームは全社の意識改革がようやく実ったと判断した。
SFAは稼働したが、なかなか軌道に乗らず、特に東京支店の利用が芳しくない。B支店長が、事あるごとに「SFAは使い物にならない」と批判した。Bはコンピュータに営業ができるわけがなく、営業マンが顧客の所へ足を運び面と向かって商談をし、上司や同僚と膝突き合わせて業務報告などするのが、本当の営業だと主張した。その手法で長年トップセールスの地位にあったBにとって、「機械に頼って、楽をする」営業に耐えられなかった。
これは、過去の成功体験が強過ぎて、新しい価値観を受け入れることができない例だ。たまたまBが表面化していたが、Bに腹の底で賛同する雰囲気は全社的に根強かった。
意識改革は永遠のテーマ
次は、中堅の情報機器メーカーCの例である。C社のCIOが、ERP導入の必要性を感じ、システム部門長Dに検討開始の指示を出した。しかし、DはERP導入を頭から拒否した。「ERP導入には業務改革が必須で、わが社のレベルでは業務改革は無理だ」という理由である。新システム導入の機会を与えられることはシステム屋冥利に尽きるはずなのに、かたくなに拒否するとは、ある意味では見上げた信念である。しかし実は、旧来の価値観に埋没して日常業務に専念する周囲に感化されて、最も先鋭的でなければならないシステム部門長が、そこから抜け出せなくなっているとも言える。
ほんの1、2例をもって、意識改革がならない場合の現象や原因の一般化をしようとは思わないが、企業文化の変更に等しい意識改革は、過去の成功体験や旧弊などにとらわれて非常に困難だ。かといって、意識改革を無視したり、意識改革が不充分なのに充分だと誤解して進めたり、逆に意識改革が無理だとしてIT導入を諦めたりするのは、いずれも問題だ。
組織にとっての「意識改革」は永遠のテーマ。正面突破だけでなく、さまざまな方向から壁を突き崩していく必要がある。いずれにせよ、「頑なな拒否、拒絶反応」にはスキがある。頑固であればあるほど、ほんのちょっとしたことでひっくり返る可能性がある。その可能性を探ることが、意識改革そのものを進める原動力にもなるだろう。頑強な抵抗のウラにはどんな意識が隠されているのか、それを落ち着いて考えてみるといい。そこには、まさにITを道具にして、敵対勢力への攻撃材料にするとか、保身などが隠されていることも多いからだ。旧態依然とした意識、新しいものを大した理由もなく拒否する態度、こうしたものは「テコの原理」を使うことを考えよう。とても動きそうもない大きな「岩」も、人事やちょっとした働きかけで、動くことがあるのだ。
「月刊アイティセレクト」2007年10月号の企業にはびこる『間違いだらけのIT経営』より)
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