なぜか起業家に多い熱血!「本宮ひろ志」タイプ:夏目房之介のその後の「起業人」
起業人を取材してきて分かったのは、彼らを取材するほかのメディアの人々が想像もせず、聞きもしない分野があるということだ。
以前、「ITセレクト」誌で取材したネクシィーズ社長の近藤太香巳さんは、渋谷の一等地のビルに会社を構え、ある種の起業人の類型ともいえる雰囲気をもっていた。
「ある種の」というのを具体的に説明するのが難しいが、近藤さんの場合、連想する人物でたとえると矢沢永吉と本宮ひろ志だった。若いころに少しヤンチャをし、決してインテリではないが、一種のカリスマ性があって、「したいこと」を見つけてのしあがるときのパワーと集中力がすごい。
近藤さんは、僕の前に座るなり、たぶんいつも講演などでやっているのだろう調子で一気にまくし立てた。人の眼を見て、人心をつかむコツには自信をもっている。なるほど、彼自身がいうように「若い人」や老人を泣かせる力はあるのだろうと思う。でも、それじゃ僕の取材にはならない。
起業人を取材してきて分かったのは、彼らを取材するほかのメディアの人々が想像もせず、したがって聞きもしない分野というものがあるということだ。実は彼らの多くはマンガの影響を深く受けている人が多いのだ。とくに近藤さんのタイプは、本宮ひろ志ファンが多かったりする。
そこで、いきなりマンガの話題をふって切り込んだ。とたんに、いつもの話術を封じられて、近藤さんのフトコロが空いた。マンガが大好きで、実は家はマンガ喫茶状態なのだという。やはり本宮ひろ志も大好きで、影響を受けたマンガについて聞くと「う〜ん」と唸って初めて考え込んだ。出てきたのは『サンクチュアリ』(作:史村翔、画:池上遼一)の一場面だった。
「ITセレクト2.0」誌2006年2月号より
マンガから受けた影響について聞くと、この人は初めて言葉の奔流を止めた。
「・・・・う〜ん・・・・はじめての質問やなぁ・・・・」
そして、相当考えて、『サンクチュアリ』の中で、やくざの掟から親友に裏切られ悩んだ男に語りかけられる言葉を、自分の言葉に直して語った。
「お前、そんな人がどうこういうより、お前の気持ちが問題やろ」
本人の言葉として聞いてもいいだろう。マンガは、こうした人たちの「言葉」やモラルになっているんだな、とあらためて思った。大衆娯楽ゆえの分かりやすさと説得力は、近藤さんの血肉になっているはずだ。ただ誰も、そうした角度から見ないだけだ。
本宮ひろ志とゴルフをやったとき、ファンなのに「自分は社長だしと思ってサインもらえなかった」というのがおかしかった。
僕のようにマンガ批評や研究をする人間は、どうしてもマンガをよく知っているオタク系読者を「読者像」の基準にしがちだが、近藤さんのような、ある意味まっすぐに本宮マンガの影響を受けるタイプの読者こそ「ふつうのマンガの読者」なのかもしれない。
起業人とマンガの関係は、今後のマンガ読者論の研究テーマとしても相当面白いと思う。誰かやらないかな。
なつめ ふさのすけ
1950年、東京生まれ。青山学院大学史学科卒。72年マンガ家デビュー。現在マンガ・コラムニストとしてマンガ、イラスト、エッセイ、講演、TV番組などで活躍中。夏目漱石の孫。
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