医療ITは“院内を横断する架け橋”になっているか?:成功事例病院見学会レポート(2/2 ページ)
システム開発を外部委託した場合、しばしば生じるのが意思疎通の問題である。業務側の常識が開発側の常識だとは限らないからだ。そして人命を扱う医療機関の場合「不具合がありました」では済まされない。いかにして、この問題を乗り越えるべきだろうか?
現場ごとに紙を電子化し、電子媒体を原本とする運用
ここからは、院内文書の管理の流れを追ってみよう。
電子カルテのデータを元に作成される文書のうち、署名を必要としない(すなわち、プリントアウトを患者に渡したり、関係機関に提出したりするだけの)ものは、FileMakerで帳票を出力すると同時に、ダイレクトにCDSへ登録されるようになっている。一方、説明・同意書のように手書きの署名が必要なものは、署名をした上でスキャンして、再びCDSに登録するという流れだ。
いずれも最終的にはCDSに登録された上で、電子カルテの当該患者データに紐付けられるようになっている。電子カルテ上からは、登録された文書のアイコンをクリックすることで、CDSを通じて保管された文書にアクセスできる。
ここで注目すべきは、原本が電子媒体であるという点だ。作成された紙文書は、そのまま患者に持ち帰ってもらったり、提出されたりする。紙のコピーは作らず、電子媒体上のコピーがその代わりとなっている。もちろん、何らかの理由で出力したものの必要な署名などがなされずスキャンされなかったなど、CDSに保存するまでの処理が行われていない文書は、電子化されたことにならない。また、CDS上では文書の統制を図るため1日に1回、電子証明とタイムスタンプ処理が行われ、真正性や保存性を担保している。少なくとも、その当日にCDS上に保管された文書であり、改変などがなされていないという証明にするためだ。
「この方法も、鳥取大学の例を参考にしています。行政が示している電子文書のガイドラインは司法判断の保証にならないこともあり、判断が難しいところなのです」と錦見医師は話す。
電子文書の扱いを厳密に行おうとすれば、毎分、あるいは毎秒のタイムスタンプ処理を行うことだって、不可能ではない。しかし、それがどれほどの意味を持つだろうか? そして、厳密に行おうとすればするほどシステムやユーザーの負荷は大きくなり、コスト負担や業務効率の面で不利になっていく。まだ日本においては、電子文書をどこまで厳密に扱うべきかという判断がほとんど示されておらず、数少ない前例や判例に頼らざるを得ないのが実態だ。
錦見医師は、1日1回のタイムスタンプ処理について、次のように幹部への説得をしたという。
「しばしば電子媒体には100%の真正性、保存性を要求されますが、紙媒体を使っていた頃、それらは完全に100%だったでしょうか。そして、電子化されたとたんに100%を求められるのは、おかしな話ではないでしょうか」(錦見医師)
紙のカルテの運用を考えてみれば、そういった発言も当然かもしれない。原本が紛失する可能性もあるし、改ざんだって電子媒体より容易ではなかったか。内容もタイムスタンプも――。こうして、名古屋第一赤十字病院では効率と負担のバランスを考え、現在のような形に落ち着いたのだという。
ちなみに、署名された文書などのスキャン作業については当初、院内の文書管理センターで集中的に行うことを想定していた。一方で、文書が発生する現場で取り込むことも想定して、現場ごとにも総数100台というスキャナを配置していた。ところが導入後、主に活躍しているのは、後者の現場に設置したスキャナだった。
「例えば当直日誌や時間外勤務簿なども、どこからでも書けます。紙の書類で置き場所が決まっていたら、その場所を通らずに帰ってしまうなど、なかなか書いてもらえませんよね。現場で取り込めることで皆が使ってくれるのでしょう。皆が部門で勝手に電子文書を作る文化ができたということですね」(錦見医師)
電子文書を使う上での理想と現実、その程良いバランスというのは、こうして見いだされていくのかもしれない。
また、ネットワーク障害などの際の対応も重要な課題であった。医療機関としては、患者を前にしながらシステムが動かないというだけの理由で、医療行為を行わないわけにはいかない。そこで、各クライアント上のFileMakerには障害時伝票を出力できる機能を持たせている。患者属性などの情報はサーバに接続しないと使えないが、書類を出して手作業で業務を進めることが可能というわけだ。実際、この機能は、診察時間中にシステムトラブルが生じて役に立ったことがあるとのこと。このとき、手で作業していた書類は、復旧後に無事取り込むことができた。ローカルでも作業ができるFileMakerを採用したことのメリットといえるだろう。
このようにして、年間20メートルにもなったという紙書類は段ボール1箱程度のコンパクトな分量に収まるまで減少した。一方でデータ量は、すでに3テラバイトの増設を行ったほどだというから、かなりの活用がなされている。
「おおむね、コストダウンの成果が出たと言えるでしょう。また、試しにPREMISs(医療情報システム安全管理評価評価制度)の審査を受けてみたところ、2009年11月に、日本初となる「Ver.A」の認証を得られました。病院機能評価の最新版「Ver.6」についても審査を受け、2010年6月に認定を受けました」(錦見医師)
部門システムとの連携にも活躍、時間差取り込みで新生児のデータにも対応
なお、FileMakerは部門システムでも活用されている。例えば、名古屋第一赤十字病院には日本有数とされるNICU(新生児特定集中治療室)があるが、そこでは電子カルテと部門システムを結ぶ仕組みに組み込まれているという。
1980年のNICU開設時には紙のノートだったという入院患者台帳だが、現在ではフィリップスの重傷病棟向け患者情報管理システム「PIMS」を利用し、管理している。このPIMSが、病院全体の電子カルテシステムと連携して部門システムとして稼働しているというわけだ。なお、PIMSで管理している情報のうち約半分は周産期母子医療センターネットワーク共通データベースで使われている項目だが、残る半分は名古屋第一赤十字病院独自の項目とのことで、データ管理の複雑さがうかがえる。
「紙のカルテを使っていた頃は、母親のカルテから新生児のカルテを作って、そこから電子カルテとPIMSに登録するというワークフローでした。転記や入力作業が多く、ミスが生じがちでした。一番信用できないのが自分のところのDB、というようでは困るので、データの取得をできるだけ自動化するようにしてきました」と、小児新生児科の横塚太郎医師は説明する。
このデータ連係の柱になっているのが、FileMakerだ。現時点では電子カルテから患者基本情報を取得、母体情報や出生時の情報は分娩DBから取得することができ、PIMSへ直接入力しなければならない項目は入院経過に関する項目だけになったという。
「電子カルテや分娩DBからPIMSへのデータ移行はワンクリックでできます。退院時の処理も、PIMSと母体DBの情報を合わせてDBへ登録できるようになっています。また、DBはPIMSとFileMakerの2本立てとなり、信頼性が向上したと言えるでしょう」(横塚医師)
新生児ならではの運用もある。例えば、出生直後には患者の情報が完全に揃っていないという点。結果が出るまでに時間を要する検査などもあるためだ。そこで、データの取り込みは出生後数日してから再び行うといった工夫をしているという。
「FileMakerはカスタマイズが容易なので、こういった目的にも柔軟に対応できます」(横塚医師)
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