新規事業プロジェクトに見る「日本人は大和魂があるから戦争に勝てる」の精神:ITソリューション塾
技術への思い入れから、現実には存在しないマーケットを作り上げ、思い通りいかないことにつまずいて嘆いている企業が多いことか……。
今まで新規事業の立ち上げで失敗するケースを数多く目にしてきたが、よく見掛けるのが「できること主導型」だ。自分たちにはこんな技術がある、だからこれをビジネスにできないだろうか、というやり方だ。
「できること」をきっかけにしようとすることが、何も間違いだとは思わない。ただ、その技術への思い入れから、現実には存在しないマーケットを想像力豊かに無理矢理作り上げ、自分たちの周りがこちらの想定通り行動してくれることを前提に事業計画を描いている。そして、その通りいかないことにつまずいて嘆いている。
「少し早過ぎたようだ」、「この価値が分からないなんてどうかしている」、「いずれ世の中も気が付くはずだ」と嘆いてはみるものの、ビジネスとしては、失敗であり、所詮はムダな努力となってしまう。
こういうケースは、いろいろともがいてはみるものの、そもそもそんな理想のマーケットなど存在しないのだから、結局はつぶれてしまう。
新規事業の初期段階では、「成長は気長に、しかし利益は性急に」。一旦実行可能な戦略が見つかれば「成長は性急に、利益は気長に」に切り替える必要がある。
クレイトン・クリステンセン教授が、「イノベーション・オブ・ライフ」の中でこんな言葉を使っている。
たとえわずかでも利益が出るということは、そこに何らかのデマンドがあるということだ。新規事業とは、新規であるが故にまだ十分な市場規模がない。しかし、まったく何もないところから、新規の市場を自ら作り上げるというのは、かなりのリスクを覚悟し、相当の体力勝負を強いられる。
しかし、誰もがそのような勝負をできるわけではない。だからこそ、既に存在する需要をたとえ小さくてもいいから見つけ出し、そこにチャレンジして、成果を利益というカタチで確認していくことは理にかなっている。利益が出れば資金も回るわけで、十分ではないにしても自律の前提にはなる。
「初めのうちは利益なんか期待しないから、売上高10億円のビジネスを3年以内に立ち上げてほしい」
300億円ほどの売り上げがある企業で、新規事業立ち上げに当たり、社長からこのような指示が出されたそうだ。情報システムの販売や構築、開発を生業にするこの企業は、新規事業として継続的な収益を確保できるサービス事業の立ち上げを目指しているという。
しかし、そのプロジェクトを託されたメンバーは、予算を任されている本業を終えた放課後に、クラブ活動としてこのプロジェクトを行うことが求められている。しかも、このプロジェクトの明確な予算はなく、進ちょくを評価するKPIも与えられていない。そこにいきなり3年で10億円の売り上げだ。毎月100人分の雇用を新たに作れということになる。
サービス事業なので、売り上げではなく、利益目標を指標にすべきではないかとも思うのだが、それについての言及はない。
この話を伺い、このプロジェクトは何のためにやるのだろうかと考えてしまった。本当にプロジェクトを成功させることではなく、現場に危機感を煽るための演出なのではないか。真意を確かめたわけではないが、本当に成功を目指すのであれば、もっと現実的な議論があってしかるべきだろう。すなわち、市場の存在を確認すること。市場におけるターゲットと自社のポジショニングを明確にすること。利益を基準としたマイルストーンとKPIを設定すること。既存の事業資産と新規事業に求められるギャップを明確にすること。そして、そういう取り組みに、最初の段階で少なくとも一人か二人の選任を配置することなどを、経営サイドがまずは議論して、プロジェクトを託すべきではないかと。
これでは、現場に負担だけを強いて、タダでさえ忙しい現場を、ますます忙しくさせているだけに見える。
この一週間ほどで、競争戦略について何冊かの本を読みながら、改めて現実は理屈とは違うところで動いているのだなあと気付かされた。まるで、「日本人は大和魂があるから戦争に勝てる」というのと同じような話だ。別に終戦記念日だからと考えたわけではないが、どうも日本人の伝統的な精神に刻まれた何かがあるのかもしれない。
もし、こういう現実に向き合っている方がいらっしゃれば、考えてみてはいかがだろう。自分たちは本当に玉砕に向けた道を進んではいないだろうかと……。
※本記事は斎藤昌義氏のオルタナティブ ブログ「ITソリューション塾」からの転載です。
斎藤昌義
ネットコマース株式会社・代表取締役
日本IBMで営業として大手電気・電子製造業を担当後、起業。現在はITベンダーやSI事業者の新規事業立ち上げ、IT部門のIT戦略策定やベンダー選定の支援にかかわる。
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