業界記者がつづる「故・秋草直之氏の思い出」:部内アイドル度調査はNo.1だった(3/3 ページ)
IT産業の未来を的確に予測し、IoTも17年前に先取り。「変化することで起こるリスクよりも、変化しないことで起こるリスクの方が大きい。もし迷うならば、変化を選べ」と、富士通にイノベーション体質を植え付けてきた元富士通社長・会長の秋草直之氏が6月18日に逝去した。
社長就任直後にインタビューをさせていただいたことがあった。このとき「ソリューションが悪役から脇役へ、脇役から主役になろうとしている」と発言されたことが印象深い。まさに昨今のソリューションビジネス中心の時代を秋草流の言葉で予言していたのだ。
ちょうど社長就任時期がWindows 98の発表時と重なっていたことから、当時それに関する質問もしてみたが、「富士通は、すぐにPCでトップシェアを獲得する」と宣言しながらも、「『メインフレームよ、さようなら』と言っているのはPC事業をやっている人たちだけ」と一蹴。「PCのトップシェアを獲得できるのも、富士通のSE力やサービス力があるからこそ」「メインフレームの信頼性と奥行きをPCが追い越すのは今世紀(21世紀)を過ぎてから」などと発言。現在の世界を的確に予測してみせた。
先見の明で17年前にIoTを先取り
もう1つ、秋草氏の功績として見逃せないのが、インターネットをインフラとする新たな社会へのパラダイムシフトを示した「Everything on the Internet」をスローガンとして打ち出し、富士通を大きく変化させてきたことだ。これは、まさに今でいうIoT(Internet of Things)のことを指す。17年も前にその時代が訪れることを打ち出していたのだ。
このとき、秋草氏は「変化することで起こるリスクよりも、変化しないことで起こるリスクの方が大きい。もし迷うならば、変化を選べ」と社内に発言。富士通にイノベーションを起こす体質を植え付けることにも力を注いだ。
だが、経営は試練の連続だった。「Everything on the Internet」の発言は株式市場から大きく評価され、株価は大きく上昇したが、その後のネットバブルの崩壊もあり、株価は低迷。2001年度は同社初の赤字決算となり、3825億円の最終赤字を計上することになった。
さらに、2002年度も1220億円の赤字と2期連続の最終赤字。2001年に50%の役員報酬削減を自らに課したものの、「半導体業界が最悪の事態となっていることが業績悪化の要因であり、社長の経営責任ではなく、業界として今どうなっているのかという理解が必要。この事態にひたすら対応していくことが重要だと考えている」と発言した。
3000億円の構造改革費用を計上し、追加削減を含む2万人以上の人員を削減。これを「痛みを伴う、骨太の構造改革」と称し、大鉈を振るったが、その改革成果は社長時代には実現せず、2年連続の最終赤字の発表に合わせて社長をしりぞくことになった。その後、2003年6月から代表取締役会長に就任。2008年6月には取締役相談役、2010年6月には相談役、2014年7月には顧問に就任していた。
お別れの会で配られた山本正已会長、田中達也社長の連名による「ご挨拶」では、「故人の柔軟にして剛毅、卓抜たる見識を思い返すとき、世界レベルで政治、経済に不透明感が広がり、端倪(たんげい)すべからざる状況が続く今の時代だからこそ、もっともっと故人の達識に触れたかったと残念でならない」と記されていた。
1998年3月の社長交代会見では、前任の関澤義氏が「先を見る目と、良い意味での腕力を持つ」と、秋草氏の社長選出理由を述べた。そして、社長就任直後のインタビューで自らについて「右往左往しない、クールな判断ができる」と答えていた秋草氏。今の時代こそ、その経営手腕が求められているのかもしれない。
ご冥福をお祈りする。
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