CSIRT小説「側線」 第6話:海にて(後編):CSIRT小説「側線」(2/3 ページ)
あらゆる攻撃に対処するCSIRTのメンバーに必要なものは、特殊能力でもカリスマ性でもなく、「側線」――それは一体? 海岸にたどり着いたメイの目の前で、この小説のタイトルでもある「側線」の意味が明らかに。
見極竜雄:キュレーター。元軍人。国家政府関係やテロ組織にも詳しく、脅威情報も収集して読み解ける。先代CSIRT全体統括に鍛え上げられ、リサーチャーを信頼している。寝ない。エージェント仲間からはドラゴンと呼ばれる
見極は語る。
「ヤツの仕事はリサーチャーだ。セキュリティ機器の異常値や、個々の異常値が何を表すのかを調査する。また、どこを調べるかは、同じセキュリティ業界でも人によって違うが、大武は俺と同じように、闇のデータが潜んでいる、いわゆる“ダークサイド”の調査にまで手を出している。闇のサイトでは、よく分からない相手ともチャットで情報を集めたりしているそうだ。危険な行為ではあるが、ヤツなら大丈夫だろう。まぁ、そういう仕事なので、人に対する気遣いや配慮、コミュニケーション力などは不要だ。闇の奴らも同じだから、奴ら同士では話が合うらしい。まぁ、必要なのは、根気、好奇心、情報をうのみにせずに疑う気構えだな。英語などのスキルは必要だが、最も重要なのはセンスだ。これは持って生まれたものだ。それに比べれば、『人と話すのが苦手』とか、『会話が成立しない』なんて、ごみのような話だ。コンピュータが吐き出す記録と話せれば何の問題もない」
「ウチにもそういう人います。マネジメントしてあげないと、仕事を無限に引き受けて自爆します」
大山が食材を用意しながら会話に参加した。
山賀(やまが)が言う。
志路大河:元システム運用統括。システム運用というブラックな世界をITIL導入によってシステマチックに変革した実績を持つ。CSIRTに異動となった時に、部下のインシデントハンドラーを引き連れて来た。修羅場をいくつも経験した肝が据わった苦労人。CSIRT全体統括を補佐し、陰ながら支える。相棒のキュレーターを信頼している。インシデント対応の虎と呼ばれる
「そう、どうしようもないけど、センスは必要だわ。平均的な人は育成できるけど、“突き抜けた人”って育成できないのよねー。そもそも、そういう人を育てられるほど突き抜けた人がいないから。そういった意味では、見極さんが近くにいる大武はラッキーだわ」
「突き抜けた人は教育が苦手だ」
志路が言う。確かにそういうケースは多い。
「結局、そういう土壌を用意できるかどうかだ。良い見本がいれば、マニュアル化できない部分があっても補える」
「あんたはマニュアルなんて、ほとんど見なかったけどね」
宣託(せんたく)がちゃかす。
「お前のところの虎(虎舞)や(栄喜陽)潤はどうなんだ?」
今度は見極が志路に聞く。
「虎は元気で明るい。これはインシデントハンドラーにとって必要な資質だ。常に戦っているからな。また、楽観的な方が良いのも同じ理由だ。しかし、やる時はやる。集中力や体力も必要だ。後は慣れだ。これに尽きる。虎のシステム障害対応時時代からの経験は半端では無い。また、野望を持っているところも俺は気に入っている。この前など、『寄らば大樹のてっぺんとったるで』とか言っていた。でたらめだが、気持ちは通じた。(栄喜陽)潤はおとこ気があって良いやつだ。虎という手本があるので心配無い。虎はああ見えて面倒見がいいしな」
「そうか、頼もしいな」
見極がうなずく。
山賀が思い出しように聞く。
「そういえば折衷(せっちゅう)さん、この間、バーに来ていたけど、すずちゃん、元気?」
「ああ、山賀さんにはお世話になりました、と言っていた。もともと正義感が強いだけに、時々、相手が人間だということをすっ飛ばして原則を守れ、と言ってしまうことが多かったが、あの一件以来、考えるところがあったようだ。ルールを作るのも守るのも人だ。守れないルールがあるなら、作る側にも責任がある。ルールの先にある本質的なものを、どうやって皆と協調して守っていくか、ということに気が付いたらしい。俺があれくらいの年の頃には、そんなこと考えてもいなかったぞ。来年、俺が定年でいなくなっても大丈夫だな。確実に襷(たすき)がつながっていく気がする。見極や志路のところも大丈夫そうだな。若い世代のチームも見えてきた」
最後の言葉はうれしそうな、寂しそうな言い方だった。
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