CSIRT小説「側線」 第12話:安全な製品(前編):CSIRT小説「側線」(3/3 ページ)
白熱する捜査を一瞬離れ、温泉に繰り出すことになった「ひまわり海洋エネルギー」のCSIRT一行。温泉街を探検するうち、ふとした話から明らかになったメンバーの意外な過去、そしてあるメンバーの語る「お寺のDX」とは一体……?
鬼門明徴:プログラムの作りや機械語に興味を持つ。優秀ではあるが、オタクな性格。システム部が作ったプログラムの欠陥をよく見つけてしまうため、孤立することも多い。ソリューションアナリストからは煙たがれ、独自の世界で生きるリサーチャーに憧れている。実家はお寺。占いにも造詣が深く、女子にモテるが、守社からはパシリ扱いされている
道筋は「お寺の文明開化」という言葉に明徴が木魚をポクポクとたたいているイメージを頭に浮かべてニヤニヤしながら答える。
「卒塔婆プリンタ? かなり大きな機材だよな?」
「そうです。プリンタ自体は大きくないのですが、あの木材を紙の代わりに挟んでジーっと印刷するためのフィーダーは大きいです。フォントはPostScriptの本格派で、どんな大きさの梵字も印刷可能です。最近は3Dプリンタでお墓が作れるのではないかと真剣に思っています。デザインは自由自在なモダンなお墓です。
また、ウチのようなリアルなお墓に加えて、最近は仮想空間に墓地を作る流れも出てきているんですよ。故人の思い出の写真や動画、文書などの情報をデジタル化して保存します。仮想空間ですから、お墓は自由自在にデザインできます。
もちろんマルチデバイス対応ですよ。いつでもスマホで墓参りできますし、登録されているお坊さんの人気ランキングを利用して、読経をリクエストなどもできます。お坊さんには『いいね!』も付きます。お寺もうかうかできません。この仮想空間の維持費は非常に安価ですし、『何々家』とお墓をグルーピングしたり、親戚への訪問も指先一つですよ」
微妙な顔をして聞いている道筋の横で、明徴が続ける。
「そんな中、デジタル化されつつあるお寺では、サイバー攻撃の脅威が問題になると思ったんです。特に檀家(だんか)情報ですね。高額なお礼を下さる檀家様もありますし、いわば顧客情報とVIP情報を大切に取り扱わないといけません。ですので、まず寺は自分でWeb公開しているシステムについては安全性を問われるでしょう。信用問題ですからね。ということで、学生時代からサイバーの講義は受けてきました。脆弱(ぜいじゃく)性診断やデジタルフォレンジックについては、インシデント対応とは違い、純粋に学習してスキルを身に付けられますからね」
道筋は感心している。
「結構、自分には合っていたような気がします。脆弱性診断に必要なOSやネットワーク、アプリケーション、データベースの仕組みとそれらが抱えていた脆弱性の学習、通信パケットの解析、侵入テストの実習やツールの選択。全部楽しかったです。
この会社に入ってからは、さらに深淵(しんえん)さんに新手の攻撃手法や脅威情報なども教えていただき、ますます楽しいです。あの人はすごいですね。いつ寝ているのでしょうか? 2人でウイルスのファイルをバイナリに展開して特徴を色付けして『ああ、この色付けパターンにはこういう意味があるんだな』と悦に入ったり。この会社にいて楽しいです。まだまだ学ぶことは多いですし。ゆくゆくは深淵さんのようにリサーチもしてみたいと思っています」
道筋は、明徴が本当に楽しそうに話しているのを聞きながら、「ちょっと明徴のことを誤解してたかな?」と思い始めていた。
そんな2人とは関係ないところで、折衷は「へっくしょーん、こんちくしょうー」と、なぜくしゃみが続くのかを不思議に思いながら、肌に染み込ませるように温泉を味わっていた。
潤は大きな露天風呂を探検するように、あちこちざぶざぶと移動してせわしない。
@宿
露天風呂を十分に堪能した後、男性陣は宿へ向かった。
宿に到着後、しばらくして女性陣が帰ってきた。彼女らの手には早くも、温泉街で入手したのであろう、温泉まんじゅうの袋が握られていた。
「守社さん、いくらなんでもお土産の購入、早過ぎませんか? ほら、宿のお茶請けにもまんじゅうあるし」
明徴が珍しく、守社をからかう。
「うるさい。私はまんじゅうが好きなの! いろいろな店があるから食べ比べたいの!」
守社がきっぱり言う。
「あの温泉街、店の前を横切るといくらでもまんじゅうをくれるから、それだけでおなかが膨れるよ。なんと、お茶付き」
「無料?」
折衷の説明に啓子の眼鏡が光った。
【第12話(後編)に続く】
イラスト:にしかわたく
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