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推薦図書から考えるデジタルトランスフォーメーションの進め方IT革命 2.0〜DX動向調査からのインサイトを探る

経済産業省のDXの加速に向けた報告書では、DXの実践的な手法として「GQM+Strategies」が紹介されています。組織目標と目標達成戦略のマネジメントなどに活用されるこの手法をDXに活用すると、どのような効果が得られるのか? その可能性を探ります。

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 2018年9月に経済産業省の「DXレポート〜ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開〜」*1が発表され、そのセンセーショナルな内容から、多くの企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進を刺激したことと思います。

 その第2弾のレポートとなるのが「DXレポート2(中間取りまとめ)」*2で、激動だった2020年の締めくくりが近い2020年12月28日に発表されました。こちらは第1弾よりさらにインパクトを増し、DXの難しさをあらためて感じるものとなりました。

 同時に発表された「デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会 ワーキンググループ1 報告書」*3(以下、報告書)もまた、興味深い内容です。この報告書では、DXレポートの公表から2年が経過し、“停滞気味”ともいえる国内企業のDXの現状を打破する道筋が説明されています。経済産業省がコロナ禍における国内企業のDX推進の在り方を検討する目的で2020年8月に設立した「デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会とワーキンググループ」における議論内容をまとめたものです。

 研究会の報告書は、DXの推進に役立つ多くの提言やヒントにあふれています。今回は、その中で推奨されいる実践手法と参考図書に注目し、DXの加速に向けたヒントを探っていきましょう。

*1 経済産業省の「DXレポート〜ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開〜(本文)」(2018年9月7日発表)を指す。
*2 経済産業省の「DXレポート2(中間取りまとめ)」の「DXレポート2(本文)」(2020年12月28日発表)を指す。
*3 「デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会 ワーキンググループ1 報告書(全体報告書)」(2020年12月28日発表)を指す。


筆者紹介:清水 博(しみず ひろし)


 早稲田大学、オクラホマ市大学でMBA(経営学修士)修了。横河・ヒューレット・パッカード(現日本ヒューレット・パッカード)入社後、横浜支社でセールスエンジニアからITキャリアをスタートさせ、その後、HPタイランドオフィス立ち上げメンバーとして米国本社出向の形で参画。その後、シンガポールにある米ヒューレット・パッカード・アジア太平洋本部のマーケティングダイレクター歴任。日本ヒューレット・パッカードに戻り、ビジネスPC事業本部長、マーケティング統括本部長など、約20年間、国内と海外(シンガポール、タイ、フランス)におけるセールス&マーケティング業務に携わる。全世界の法人から200人選抜される幹部養成コースに参加。

 2015年にデルに入社。上席執行役員。パートナーの立ち上げに関わるマーケティングを手掛けた後、日本法人として全社のマーケティングを統括。中堅企業をターゲットにしたビジネスを倍増させ、世界トップの部門となる。アジア太平洋地区管理職でトップ1%のエクセレンスリーダーに選出される。

 2020年定年退職後、独立。現在は、会社代表、社団法人代表理事、企業顧問、大学・ビジネススクールでの講師などに従事。著書『ひとり情シス』(東洋経済新報社)の他、経済紙、ニュースサイト、IT系メディアで、デジタルトランスフォーメーション、ひとり情シス関連記事の連載多数。


・Twitter: 清水 博(情報産業)@Shimizu1manITDX

・Facebook:Dx動向調査&ひとり情シス

DXを加速する実践手法「GQM+Strategies」とは?

 経済産業省では、DXレポート2や報告書の発表に当たり、国内企業のDXの現状について、デジタル変革に向けて危機感を持つ国内企業は増加しているものの、「『DXの取り組みを始めている企業』と『まだ何も取り組めていない企業』に二極化しつつある状況になっている」と説明しています*4。まだ何も取り組めていない企業は、何をどこから始め、どう進めるべきなのか、分からない状態かもしれません。

 報告書には、実際のDXの取り組みに活用できる具体的な手法として、「GQM+Strategies」と「ロードマッピング」が紹介されています。

 筆者は、第一の手法として挙げられているGQM+Strategiesに注目しました。この手法の参考図書として、『ゴール&ストラテジ入門: 残念なシステムの無くし方』*5が挙げられています。

*4 デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会WG1「デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会 WG1 全体報告書」
*5 『ゴール&ストラテジ入門: 残念なシステムの無くし方』 Victor Basili・Adam Trendowicz・Martin Kowalczyk・Jens Heidrich・Carolyn Seaman・Jurgen Munch・Dieter Rombach 共著、鷲崎 弘宜・小堀 貴信・新谷 勝利・松岡 秀樹 監訳、早稲田大学グローバルソフトウェアエンジニアリング研究所ゴール指向経営研究会 訳、オーム社 2015年9月10日発行


 GQM+Strategiesは、もともとは経営方針や事業方針に合ったシステムを構築するためのゴール指向の方法論です。日本では10年ほど前から紹介されています。情報処理推進機構(IPA)や大手ITベンダーらが普及と活用に向けて資料などを公開しており、オンラインで閲覧できます。

 GQM+Strategiesの詳細については、経済産業省の報告書やそうした資料などを参照していただくとして、ここでは簡単に概要を紹介しておきます。


GQM+Strategiesとは?(出典:経済産業省「デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会 ワーキンググループ1 報告書(全体報告書)」)

 GQM+Strategiesは、基本的な考えとして、「1. 企業・組織の経営レベルにおける目標」「2. 目標を達成するための戦略」「3. 実務策定レベルにおける個別戦術」の3項目の整合性をとることを目指します。この整合性が取れた状態によって、目標達成への軌道を外れた“残念なシステム”をなくすことができるというものです。経営層がこの手法を経営計画や経営戦略に折り込み、全社方針を部門にカスケードダウンすることで、数値測定目標のKPI(重要業績評価指標)を設定し、実務実行部隊に展開するアプローチがよいとされています。

 筆者は、参考資料の『ゴール&ストラテジ入門: 残念なシステムの無くし方』を読んだとき、GQM+Strategiesという手法に明確なKPIが設定されていて、想像以上にソリッドな管理システムだという印象を受けました。

 英語圏のビジネスパーソンが多用するビジネス用語に、組織や業務などを簡素化することで効率化するという意味の「ストリームライン」という言葉があります。「流線形にする」という本来の語義から転じて、「無駄をなくして合理化する、能率的に連鎖する」といった意味も持つ言葉です。

 GQM+Strategiesを適用した組織は、まさにこれと同じく「流線形のように一体感のある形に整備する」「組織を効率よい連携のとれた流線形にシェイプする」といった状態を導き出せるイメージがあります。恐らくこのような状態の企業は、“残念なシステム”がないだけではなく、企業経営も健全な状態になっていることでしょう。目標、戦略、戦術の整合性をとることを重視するGQM+StrategiesがDXの実践手法として紹介されるのも、うなずけます。

GQMから考える、40年前のTQM活動の再評価と意義

 10年ほど前に初めてGQMということばを聞いたときは、品質管理手法の「TQC(Total Quality Control全社的品質管理)」が「TQM(Total Quality Management:総合的品質管理)に進化したように、今度はさらに「TQMからGQMに発展した」のかと勘違しました。言葉が似ているのでそう思ったのですが、実はこれらは全くの別物でした。

 GQMは、Goal、Question、Metricの頭文字を取ったもので、目標を達成するための手法のことです。明確な目標(Goal)を設定し、それを実現するための質問(Question)と対話を繰り返し、質問へ答えるために定量的なデータを提示する(Metric)ことを繰り返すことで、目標を達成します。

 このGQMは、調べれば調べるほど、結局のところ、私が参画していたQC活動やTQM活動に極めて近いと思い始めました。私の経験則からの感覚なので、GQMについて、見落としている点や理解できない点もあるのは否めませんが。

 TQM活動は1980年代後半のバブルの到来とともに、多くの企業から消えてしまった感じで、次に、バブル前の円高不況を乗り切るためにTQCが多くの企業で取り組まれました。

 私は当時、デミング賞(TQMの進歩に功績のあった民間の団体や個人に授与され経営学の賞)など、権威ある賞を獲得するための下部組織のメンバーとして、かなりTQMに没頭しており、仲間と出前で夜食をとりながら定時後に激しい議論を何度も繰り返す、といった日々を送っていました。まだコンビニエンスストアがなく、昭和のテレビドラマで見かけたような“近くの中華料理店”の出前の人がオフィスの中にまで入ってきて各人の席に品物を置いていってくれた時代でした。


『ゴール&ストラテジ入門』の原本にあたる英語書籍“Aligning Organizations Through Measurement: The GQM+Strategies Approach”(Basili et al. 2014)

 その頃、メンバーでよく話に出てきたのは、「これは上位方針に近い」とか「測定できないものは評価できない」「お客さまのメリットを数字で語れ」といった言い回しで、これらはGQMの要素が散りばめられた言葉でした。

 DXレポート2と同時に発表された報告書でGQMと出会ったことで久しぶりにTQM活動に明け暮れた日々を思い出しました。懐古主義ではないですが、当時のような仲間との論争は日に日になくなってきましたし、確かに失われものもあるように思います。バブル景気以前のことですから、今から40年も前のことです。DXレポート2の提言から、筆者は「『いったん40年前まで戻ってやり直す』と提言しているのだろうか」とも思いました。過去にはTQMの弊害が指摘されたこともありますが、このGQMをきっかけにTQM活動も改めて現代的な手法として検討することが実は企業の競争力を向上させ、DXの土壌を作る可能性があるのではないかと考えています。

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