なぜ「エンタープライズIT」は大学生にそっぽを向かれるのか:「不真面目」DXのすすめ
多くの大学生が「IT業界で働きたい」と考える一方で、彼らが希望するのはエンタープライズITではないと筆者は考えます。なぜ大学生や優秀なエンジニアはGoogleやAmazonを目指し、エンタープライズITは敬遠されるのでしょうか。
この連載について
この連載では、ITRの甲元宏明氏(プリンシパル・アナリスト)が企業経営者やITリーダー、IT部門の皆さんに向けて「不真面目」DXをお勧めします。
「不真面目なんてけしからん」と、「戻る」ボタンを押さないでください。
これまでの思考を疑い、必要であればひっくり返したり、これまでの実績や定説よりも時には直感を信じて新しいテクノロジーを導入したり――。独自性のある新しいサービスやイノベーションを生み出してきたのは、日本社会では推奨されてこなかったこうした「不真面目さ」ではないでしょうか。
変革(トランスフォーメーション)に日々真面目に取り組む皆さんも、このコラムを読む時間は「不真面目」にDXをとらえなおしてみませんか。今よりさらに柔軟な思考にトランスフォーメーションするための一つの助けになるかもしれません。
筆者紹介:甲元 宏明(アイ・ティ・アール プリンシパル・アナリスト)
三菱マテリアルでモデリング/アジャイル開発によるサプライチェーン改革やCRM・eコマースなどのシステム開発、ネットワーク再構築、グループ全体のIT戦略立案を主導。欧州企業との合弁事業ではグローバルIT責任者として欧州や北米、アジアのITを統括し、IT戦略立案・ERP展開を実施。2007年より現職。クラウド・コンピューティング、ネットワーク、ITアーキテクチャ、アジャイル開発/DevOps、開発言語/フレームワーク、OSSなどを担当し、ソリューション選定、再構築、導入などのプロジェクトを手がける。ユーザー企業のITアーキテクチャ設計や、ITベンダーの事業戦略などのコンサルティングの実績も豊富。
ITmedia ビジネスオンラインで興味深い記事が公開されています。
「大学生が働きたい業界は『IT』がトップ、働きたくないのは?」(注1)というこの記事では、大学生にどの業界で働きたいかを尋ねたアンケートの結果が紹介されています。
記事によると、トップとなった業界は「IT、ソフトウェア、情報処理業界」(30.3%)でした。次いで「広告、出版、マスコミ」(25.3%)、「食品メーカー」(21.8%)、「商社」(総合)(20.1%)が続きます。トップの「IT、ソフトウェア、情報処理業界」と2位の「広告、出版、マスコミ」との差は5%もあります。「IT、ソフトウェア、情報処理業界」を志望する理由は「将来性がある」(54.9%)がトップで、2位の「スキルが身に付く」(41.5%)と大きな差があります。
大学生やエンジニアが目指すのはGoogleやAmazon
この記事で紹介されている以外にも同様のアンケートは多く存在します。いずれにおいてもIT業界の人気は高く、将来性を評価する学生が多いようです。
この記事にある「IT、ソフトウェア、情報処理業界」という定義はかなり広い範囲を指していると思われます。少なくとも、本連載の場「ITmedia エンタープライズ」の読者の多くが所属しているであろうエンタープライズIT(ユーザー企業のIT部門)は含まれていないと思われます。
いまやDXに取り組んでいない国内企業は少数派になっています。DX推進の原動力として内製(自社主導でアプリケーション開発を行うこと)に取り組んでいる国内ユーザー企業も多く存在しています。筆者が所属するアイ・ティ・アールが実施した最新の調査では、国内ユーザー企業の約6割が内製中心でアプリケーションを開発していることが分かっています。
DXでは、ユニークなビジネスやサービスを他社に先駆けて迅速に提供することや、顧客ニーズや環境変化に適応して柔軟にアプリケーションをアップデートすることが必須となります。これらの実現には外製(外部IT企業に開発委託すること)では困難だと考えるユーザー企業が多いということでしょう。
内製のポイントはいろいろあります。まず、社内エンジニアがいなければ始まりませんが、ITエンジニアの獲得に苦労している国内ユーザー企業は非常に多くあります。前述の通り、IT業界の将来性を評価して就職を希望する学生は多いですが、このような学生がイメージするIT業界はSIer(システムインテグレーター)でもユーザー企業のIT部門でもなく、GoogleやAmazon、Metaなどのデジタルネイティブ企業やWebサービス系企業だと思われます。
実際、学生に限らず優秀なITエンジニアの多くはこうした企業を志向します。エンタープライズITを希望するITエンジニアは非常に少ないのが実情です。
ユーザー企業がエンジニアを獲得するためにできること
筆者は日頃の業務において国内ユーザー企業とお話しする機会が多くあります。これらの企業の多くは従来のIT部門の給与体系や職制、役割を前提として中途採用や新卒採用を実施しています。このような条件を見て「将来性がある」と感じるエンジニアが少ないのは言うまでもありません。
国内ユーザー企業でITエンジニアを獲得できている企業は、デジタルサービスやビジネスのための新たなブランドを立ち上げたり、既存の社内制度を大きく逸脱した特別な処遇や報酬を提示したりしています。エンジニア用のキャリアアッププランやそのための支援を提示して、自社に「参画してもらっている」のです。
現状をベースにして、社外からエンジニアを獲得することは無理だと考えるべきです。
エンタープライズITをどのような未来にしたいのか考えよう
学生がIT業界を志向する理由のトップになっている「将来性」とはどういうことでしょうか。「給与が上がり続ける」「増収増益を継続する」「雇用が安定している」など、将来性にはいろいろな定義が考えられますが、一言で言えば「未来が明るいと感じられる」ということでしょう。
未来は自分のためではなく、次世代の人のためのものです。外部からエンジニアを獲得したいのであれば、それらの人々の未来が明るいと感じられるようにすることにフォーカスして、これまでのやり方を見直ししてはいかがでしょうか。
現在のIT部門の業務や各種作業を、自分の子どもや身近な若者に推薦できるでしょうか。例えばSEが決定したシステム仕様に従って粛々とコーディングする作業、メインフレーム運用管理、自社ネットワークの監視などはどうでしょうか。
これらの仕事は早晩、AI(人工知能)に取って替わられます。このような業務に未来を感じられる人はいないでしょう。優秀なITエンジニアを獲得したいのであれば、自社のIT部門の未来を明るいものにしなければなりません。そして、それは誰にでも考えられることなのです。
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