「苦しいDX」から脱却するためにすべきこと 秘訣を伝授【前編】:「不真面目」DXのすすめ
猫も杓子もDXに取り組む今、「DXの号令がかかったせいで苦労が絶えない人」も多くいるはずです。筆者が過去の経験から伝授する、「苦しいDX」から脱却して成果を出すための“意外な秘訣”とは。
この連載について
この連載では、ITRの甲元宏明氏(プリンシパル・アナリスト)が企業経営者やITリーダー、IT部門の皆さんに向けて「不真面目」DXをお勧めします。
「不真面目なんてけしからん」と、「戻る」ボタンを押さないでください。
これまでの思考を疑い、必要であればひっくり返したり、これまでの実績や定説よりも時には直感を信じて新しいテクノロジーを導入したり――。独自性のある新しいサービスやイノベーションを生み出してきたのは、日本社会では推奨されてこなかったこうした「不真面目さ」ではないでしょうか。
変革(トランスフォーメーション)に日々真面目に取り組む皆さんも、このコラムを読む時間は「不真面目」にDXをとらえなおしてみませんか。今よりさらに柔軟な思考にトランスフォーメーションするための一つの助けになるかもしれません。
「『不真面目』DXのすすめ」のバックナンバーはこちら。
前回の連載「お役所DX」「お墨付きDX」に背を向けよう お役所の意向を汲んだ“革新”って何?でも書いたように、ほとんどの国内企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組んでいますが、画期的な成果を挙げている企業はまだまだ少ないといえます。
「苦しいDX」に別れを告げよう
本連載において、DXとは「デジタルテクノロジーを駆使して、これまでなかった新しいビジネスや業務を創ること」と定義しています。このような成果を挙げるためにはどうしたらよいのでしょうか。
誰も気付かなかった新しいアイデアにチャレンジして成果を挙げるための王道や教科書はありませんが、それに近づく方法はあると筆者は考えています。それは「DXを楽しむ」ことです。
DXに限らず、チーム全員が楽みながら業務に携われば大きな成果を挙げることができます。筆者は過去にそのような経験を何度もしています。DXで楽しめていないという読者も多いでしょう。今回と次回にわたって、「楽しいDX」にかじを切るための秘訣(ひけつ)をご紹介したいと思います。
ポジティブ・シンキングを貫くための「禁止ワード」設定
最も大切なのは、とにかくポジティブ・シンキングを貫くことです。新しいことに挑戦する時は誰もが不安になりますし、いろいろな心配が頭によぎると思います。それらを前面に出さず、ポジティブに考え、ポジティブにディスカッションすることが大切です。
ポジティブ・シンキングを進めるためには、チームにおける「禁止ワード」を定義することが有効です。例えば「無理」「困難」「予算」「人材不足」「経験不足」などです。これらの禁止用語をチームで決定し、随時ブラッシュアップしていくのです。
中でも、絶対に禁止にすべきワードが一つあります。それは 「でも」です。皆さんの企業やチームでは「Yes, But…」的な発言が溢(あふ)れていないでしょうか。そのようなネガティブな発言はポジティブに行動する人の頭をくじくものと考えるべきです。
とにかく発言するときに肯定的に話す癖をつけましょう。そして、ネガティブな発言をした人を非難すべきではありません。「非難」自体がネガティブ・シンキング故の行動だからです。ネガティブ発言の上限回数を決めておき、それを越えた人は飲み会やランチでおごるといったルールを設け、ネガティブ発言そのものをポジティブに楽しんで全員でポジティブ・シンキングに傾くような活動を継続することが重要です。
もちろん、何でも楽観的に考えてはDXプロジェクトが破綻します。リスク管理や費用管理はプロジェクトを進めるためには必要ですが、このような管理業務とポジティブ・シンキングは相反するものではないということを理解したほうがよいでしょう。
「心理的安全性」に配慮する
DXチームでポジティブ・シンキングを貫くためには、心理的安全性(Psychological Safety)が重要になります。この概念は、ハーバード大学で組織行動学を研究するエイミー ・エドモンソン氏が1999年に発表した論文「Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams」で提唱したものです。エドモンソン氏は「心理的安全性」とは「リスクのある行動をしてもこのチームでは安全であるという、チームメンバーによって共有された考え」と説明しています。
心理的安全性という単語を一躍有名にしたのは、2012年にGoogleが発表した調査レポートでした。このプロジェクトは哲学者アリストテレスの「全体は部分の総和に勝る」にちなんで「プロジェクトアリストテレス」と名付けられました。このレポートでは、Googleのように世界中から優秀な人材が集まってくる企業においても、チームにおける心理的安全性の有無で、「チームの効果性」に大きな違いがあることが明らかになったそうです。
「チームの効果性」という単語は曖昧に見えますが、Googleはマネジャーによるチーム評価、チームリーダーによるチーム評価、チームメンバーによるチーム評価、四半期ごとの売り上げノルマに対する成績の4つを定量化して評価したとのことです。
エドモンソン氏はチームの心理的安全性を高めるためには、
- 仕事を実行の場ではなく学習の場と位置付ける
- 自分自身が間違う可能性があることを認識する
- 好奇心を形にして積極的に質問する
の3点が重要だとしています。
エドモンソン氏はチーム内でネガティブな発言が自由にできることも心理的安全性に有効だとしています。ただし、子どもの頃からディベートなどの議論に馴染(なじ)んでいて、自分に対するネガティブな発言が出てもモチベーションが下がらないメンバーで構成されている欧米諸国とは異なり、ネガティブな発言に心をくじかれる人が少なくない日本では、心理的安全性が確立できるまではポジティブ・シンキングに徹した方が良いと筆者は考えています。
次回は、この続きをご紹介します。
筆者紹介:甲元 宏明(アイ・ティ・アール プリンシパル・アナリスト)
三菱マテリアルでモデリング/アジャイル開発によるサプライチェーン改革やCRM・eコマースなどのシステム開発、ネットワーク再構築、グループ全体のIT戦略立案を主導。欧州企業との合弁事業ではグローバルIT責任者として欧州や北米、アジアのITを統括し、IT戦略立案・ERP展開を実施。2007年より現職。クラウド・コンピューティング、ネットワーク、ITアーキテクチャ、アジャイル開発/DevOps、開発言語/フレームワーク、OSSなどを担当し、ソリューション選定、再構築、導入などのプロジェクトを手掛ける。ユーザー企業のITアーキテクチャ設計や、ITベンダーの事業戦略などのコンサルティングの実績も豊富。
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