「なぜ、わが社は『データ活用人材』を採用できないのか」 調査データの“裏側”を覗く:アナリストの“ちょっと寄り道” 調査データの裏側を覗こう(2/2 ページ)
今回から矢野経済研究所の山口泰裕氏の新連載をお届けする。データドリブン経営が謳われる中で、データ分析人材を確保することは必須だが、「売り手市場」に手をこまねいている企業も多いのではないか。調査データの“裏側”に潜む実態とは。
ITベンダー、ユーザー企業における採用や育成の実態
さて、ここからデータ分析関連人材市場規模の“裏側”をのぞいてみよう。本稿ではITベンダーとユーザー企業双方の取り組を、採用と育成からみていく。
ITベンダーの採用と育成
ITベンダーにおいて、新卒採用が大手を中心にジョブ型採用に移行しつつあるのは前述の通りだ。特にデータサイエンティストの採用に際しては、各社ともにジョブディスクリプション(職務記述書)を提示して採用したい人物像を明確にしている。中途採用では即戦力となるデータサイエンティストを積極的に採用している。
育成面では、社内向けに専門的な研修が充実しつつある。従来は講義を中心とした研修が多かった。最近は人事異動制度を活用したデータサイエンティスト専任部隊への社内留学や、個人の進捗(しんちょく)に合わせたブートキャンプ形式の研修など、実践形式での研修制度が整備され始めた。社内向け研修を一般化した形で社外向けに提供して「Reスキル講座」に認定される講座も多い。
ユーザー企業の採用と育成
ユーザー企業は従来、総合職や事務職、技術職として一括採用した後、本人のスキルや方向性などに応じて配属する方式を採ってきた。DX(デジタルトランスフォーメーション)やデータドリブン経営などの浸透に伴い、IT系の職種を中心に一部でジョブ型採用を開始する動きも出てきている。ジョブ型採用の一つとして、データサイエンティストやデータエンジニアのようなスペシャリストコースを設ける企業が増えてきた。
育成面では、業界問わず社内大学の設置や外部の研修プログラムなどを活用しながら、急ピッチで独自の研修プログラムを整備する企業が登場している。地元の大学と連携した高度なプログラムを整備する企業もある。
なお、上司であるマネジメント層がデータサイエンスを理解できなければ、意思決定に遅れが発生する上に、データサイエンティストにフラストレーションがたまる恐れもある。マネジメント層を対象とした研修も重要だと筆者は考えている。
データサイエンティストが活躍するための条件とは?
せっかく採用したり育成したりしても、その人材が企業にとどまるかどうかは別問題だ。特にデータサイエンティストは引く手あまたで獲得競争は激化する一方だ。筆者が取材する中でも「(当社はデータサイエンティストを)十分に獲得している」との声は全く聞こえてこない。データサイエンティスト不足は継続している。
では、データサイエンティストに自社にとどまってもらうために何をすべきか。筆者は少なくても次の3つの条件が必要だと考えている。
(1)データドリブン経営の全社的な浸透
データサイエンティストが孤軍奮闘を強いられる環境下では、残念ながら居着かないだろう。データサイエンティストの言葉や思考への理解者や支援者を増やす必要がある。
そのためには「データを使いこなすための風土の構築」に取り組む必要があり、従業員のマインドセットが重要だ。筆者が取材した多くの企業では、全従業員を対象とした研修プログラムの整備や、TQM(総合的品質管理)大会でのナレッジシェアなど、さまざまな機会を通じて全従業員への浸透を図ろうと取り組んでいる。
(2)分析業務を進めやすいシステム環境の構築
支援者が多くいたとしても、分析環境が整備されていなかったり制約が多すぎたりすれば、せっかくのスキルが発揮できないため、やはり居着かないだろう。膨大なデータを蓄積するための基盤としてデータレイクなどを構築する際は、既存のオンプレミスのシステム環境とは別にクラウドで分析環境を構築する必要がある。
特に分析業務を進める上では、必要に応じてさまざまなOSS(オープンソフトウェア)を利用するケースも多い。柔軟な分析環境を整備することが必須となる。
データ分析に際しては一部の部署にとどまらず、全社的なデータを横ぐしで分析することで多彩な切り口から探索することが求められる。組織横断のデータベースが整備されていても、データベースに蓄積されるデータのフォーマットを含めて統一されていなければスムーズに分析できない。事業部ごとのデータセットは整備されていないケースが多く、「データサイエンティストの仕事の8〜9割はデータクレンジングに充てられる」ともいわれている。
日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の『企業IT動向調査報告書2023』によると、「データ活用への取り組み状況」のうち、「組織横断的にデータ活用ができる環境を構築」できている企業は16.1%にとどまる。これでは「自由にデータ分析ができる環境」が整っているとはいえない。データサイエンティストがスキルを発揮する上では、データ品質やメタデータ管理などデータマネジメントにも目を向ける必要がある。
(3)評価や年収などの人事面の整備
正当に評価されず、評価に見合った年収が示されなければ、不満が生まれて転職に意識が向かうことになるだろう。専門職として採用する以上、総合職とは異なる評価制度を用意すべきだ。
ITベンダーの中には、専門職に対して個々人にKPI(重要業績評価指標)を設けて達成・未達の状況によって給与が上下する仕組みや一般従業員とは別の給与体系を導入している企業も多い。ユーザー企業でも、総合職として採用した新卒従業員と比較して専門職の昇格スピードを速めることで、年収も含めて優遇する動きがある。
ITベンダーを中心に、独自の認定制度を設ける取り組みも多い。上位資格を取得するほど給与に上乗せされる制度はモチベーションアップにも貢献している。一部のユーザー企業でもデータサイエンティストについて社内資格を設ける事業者が出てきた。資格に見合った年収テーブルを設けるなど、モチベーションアップの仕組みを用意し、自社にとどまる魅力を示し続ける必要があると筆者は考える。
さて、データ分析関連人材の市場規模予測の“裏側”はいかがだっただろうか。数字だけ見ると味気ないが、“裏側”には試行錯誤しながら人材の確保に取り組む担当者の涙や汗、時に喜びを含めたさまざまな人間模様が溢(あふ)れている。
次回以降もこうした形で調査データなどを取り上げながら、その“裏側”を読者の皆さんとのぞいてみたい。
(注1)ML(機械学習)を含むAI(人工知能)やデータマイニングなどの情報科学の技術によって、材料開発を迅速に進める手法。
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