製品説明に「AI」と書かれていると購買意欲が落ちるという論文:編集部コラム
製品説明にAIを活用していることを明記すると、消費者の購買意欲が落ちるという論文が発表されました。実験の詳細とAI活用を明記したい場合の手がかりを紹介します。
生成AIブーム真っただ中の現在、業界問わずさまざまな企業が「AI搭載」と銘打った製品やサービスをリリースしています。かくいう当社もAI専門情報サイト「ITmedia AI+」というメディアを独立させたり、自社イベントでAIをテーマとする講演を用意したりと関連コンテンツを出しています。
ところが、2024年6月にアンチテーゼ的な論文が発表されました。タイトルは「製品やサービスの説明でAIの活用を明かすことが購買意欲に与える悪影響」というもの。安易に「AIを活用したすごい製品だ」とアピールすると逆効果になるという指摘です。
実験方法と結論について詳しく見てみましょう。
キーワード「AI」と購買意欲に関する3つの仮説
論文の主執筆者はワシントン州立大学のMesut Cicek博士(マーケティング)で、雑誌『Journal of Hospitality Marketing & Management』に掲載されている。序盤で提示された仮説は以下の3つです。
- 仮説1: 製品やサービスの説明に「AI」という用語を含めることが、消費者の購買意欲に悪影響を与える
- 仮説2: 製品やサービスの説明に「AI」という用語を含めることで、消費者の「感情的信頼」が弱まり、購買意欲に影響する
- 仮説3: 認識された製品やサービスのリスクが、仮説2の影響度を左右する
仮説を検証するため、本研究では複数の実験を実施している。
- 実験1: 被験者を2グループに分け、それぞれに「AI搭載テレビ」と「新技術テレビ」の説明を見せて、購買意欲を確認した
- 実験2: 被験者を2グループに分け、それぞれに「AI搭載製品・サービス」と「新技術製品・サービス」の説明を見せて、製品への信頼度と購買意欲を確認した
- 実験3: 被験者を4グループに分け、それぞれに「AI搭載高リスクサービス」「AI搭載低リスクサービス」「新技術高リスクサービス」「新技術低リスクサービス」の説明を見せて、サービスへの信頼度と購買意欲を確認した
実験1 「AI」と書くと購買意欲が下がる?
実験1では、被験者を2グループに分けて架空ブランド「Elevo」のテレビの説明文を読ませました。内容はいずれもほぼ同じですが、Aグループに見せた説明には「AI搭載テレビ」のようにAIを活用していることが分かる書き方をしており、Bグループに向けては「新技術テレビ」のようにAIに関する記述をしないものを用意しました。被験者に「このテレビを試したいか」「購入したいか」といったアンケートを実施し、7段階で評価してもらいました。
結果、AグループはBグループより購買意欲が低かったことが分かり、仮説1が実証されました。
実験2 「AI」と信頼度と購買意欲の関係
実験2では購買意欲に加えて「感情的信頼」という要素の影響も調べています。感情的信頼は「製品の使用に安心感や快適さ、満足感を覚えるか」という質問で計るらしく、平易に捉えるなら「技術への信頼感」でしょうか。実験は3種類あります。
実験1と同様に被験者を2グループに分けて「AI搭載製品・サービス」と「新技術製品・サービス」の説明を見せ、感情的信頼と購買意欲を調べています。
結果、説明に「AI」が明記されていると感情的信頼に悪影響を与え、それが購買意欲の低下に響くことが分かり、仮説2が実証されました。
ここで調べているのは「媒介効果」です。「8月はアイスの消費量が増える」という論理があった場合、実際には「8月は気温が高い」「気温が高いとアイスの消費量が増える」の合わせ技になっている可能性があります。8月でも気温が5度ならアイスは食べないですよね。
実験2で、「説明に『AI』が明記されていると信頼度が下がる」「信頼度が上がると購買意欲も上がる」の合わせ技が存在することが分かりました。なお、今回の場合は「8月はアイスの消費量が増える」に当たる「説明に『AI』が明記されていると購買意欲が下がる」という直接的な関係も正であると確認されました。
実験3 ハイリスクなAIなら判定が厳しくなる?
実験3では「説明に『AI』を明記するか否か」と「対象の製品やサービスが高リスクだと思うか否か」の2軸を分析しています。
AIを分類する方法としてリスクがあります。基準は時と場合により変わる可能性がありますが、ハイリスクなAIとしては医療や金融に関わるものが挙げられます。AIのミスで医療事故が発生したら命にかかわりますよね。逆にロボット掃除機に搭載されたAIがミスしても、部屋がきれいになりにくい程度で済みます。
結果、リスクが高い場合は、説明に「AI」が含まれることで信頼度が落ちやすく、購買意欲の低下にも響いていました。
じゃあどうすればいい?
製品やサービスを売りたければ、AIの使用を明示しない方がいいという結果が得られましたが、これは売れるかどうかの話であって、性能の高さとは関係ありません。論文の実験ではAIと書くか否かが違うだけで、Aグループに見せた製品とBグループに見せた製品に性能差はないはずです。でも実際はAIを使ったかどうかで何かしらの性能の変化があるでしょう。
性能のアピールや差別化点の提示のためにAI搭載であることを強調したい場面はありそうです。そもそも法規制に従うとAIを使っていることを表示しないといけない場合もあるかもしれません。
そういう場合はどうすればいいのか。論文では信頼できるブランドであるというイメージ作りに注力することが対策になるとしています。実験2がここで効いてきますね。媒介変数として「信頼度が上がると購買意欲も上がる」という知見がありましたが、これをハックするわけです。AIを使っていることを明記してもなおあまりある信頼度があれば購買意欲を維持できるはずです。
研究のまとめでは、各国の文化の違いや消費者のAIに関する知識量など、他の要素も影響する可能性があるため、まだ発展の余地があるとしています。
AIの使用を明示することは広告戦略において有利になる気がするかもしれませんが、なんとなくで導き出した結論はこのように全く逆効果になることもあります。自分で考えるのでなく、データをAIに渡して分析してもらうのもいいかもしれませんね。「AIで分析した」と言うと受け手の信頼度が下がる可能性もありますが。
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