「大企業ERP市場のSAPロックインを解消する」 ワークスアプリケーションとIFSが共創する理由を聞いた
HUEを展開するワークスアプリケーションズと、製造業などものづくり企業向けERPクラウドIFS Cloudを展開するIFSは、2024年7月に戦略的業務提携を発表した。お互いの強みを補完しあうというパートナーシップの締結によって、どのような国内ERP市場での展望を見据えているのか。
2024年7月、大手企業向けERPソフトウェア「HUE」を展開するワークスアプリケーションズ(WAP)と、製造業などものづくり企業向けERPクラウドサービス「IFS Cloud」を展開するIFSが、戦略的業務提携を発表した。
ERPを中心にしてお互いの強みを補完できるパートナーシップの締結は、レガシー化した基幹業務システムの処遇に悩む多くの企業から注目を集めた。特に製造や建設、エンジニアリングなどの業界では「SAPサポート期限2025年(2027年)問題」への対応が急務になっているためだ。
ワークスアプリケーションズの外村卓也氏(プロダクトマネジメント本部 本部長)と、IFSジャパンの竹中康高氏(プリセールス本部 本部長)に、日本企業が抱える課題や提携の狙い、両社の提携が企業にもたらすベネフィットを聞いた。
WAPとIFSがタッグを組んでERPを提供、その背景は
──お互いの強みを補完しあうパートナーシップの締結とのことです。それぞれの強み、弱みを改めて教えてください。
WAP 外村卓也氏(以下、外村氏): WAPの強みは、日本の商習慣における高い業務網羅性を持ったサービスの提供です。ERP「HUE」は、6700以上の標準機能で日本の業務要件の適合率97%を誇ります(直近1年間のRFPに対する標準機能での対応率)。HUEは現在、製造や建設エンジニアリングの分野で数多く採用されていますが、一方でわれわれがまだカバーできていない分野もあります。特にIFSがカバーする分野でのグローバル実績はまだこれからです。
IFS 竹中康高氏(以下、竹中氏): IFSは、グローバルスタンダードで製品開発を継続してきました。現在は6業種(製造、航空・防衛、テレコム、エネルギー、建設エンジニアリング、サービス)でビジネスを展開していて、特に生産管理やサプライチェーン領域でのFit to Standardという点では高い製品力を誇ります。一方、日本固有の商慣習、例えば、建設業法や下請法への対応、収益認識の違いなど細かいところにまで手を回せていませんでした。特に、債務管理や債権管理など人が介在してチェックせざるを得ない業務はアドオン開発に依存していました。WAPとの提携はそうした弱みを打ち消すことができると考えました。
──国内市場とグローバル市場、国内標準とグローバル標準という観点でそれぞれ補完しあう関係なのですね。提携後は、両社でどのような取り組みを進めているのですか。
外村氏: 提携発表後、多くのお客さまから具体的な相談を受けました。そうしたお客さまごとに、両社の製品やサービスをどのように提供していくか営業連携、ソリューション連携の詳細を詰めているところです。注力している業界としては、重機メーカーや半導体メーカー、建設エンジニアリングなどです。WAPのプロジェクト管理ツールを使ってシームレスに両社で情報共有を進めています。RFP(提案依頼書)やRFI(情報提供依頼書)の共同提案もしています。
竹中氏: グローバルスタンダードのERPにさらにジャパンスタンダードを加え、相乗効果をもたらすために、スキームを両社でいま組み上げています。現在のグローバル製造業では、海外工場でグローバルスタンダードに基づいて生産するとともに、国内ではジャパンスタンダードで設計・生産という両軸での管理が重要になります。そうしたお客さまのニーズにあわせたソリューションを提供していきます。
多くの大手企業にとってSAP以外に選択肢がないことが悩みの種
──ユーザー企業はどういった課題を抱えているのでしょうか。
竹中氏: 日本のお客さまからよくいただく相談の一つが、「ERP市場に選択肢がない」ということです。グローバル製造業がERPソフトウェアで海外と国内を管理する場合、海外と国内ごとにルール、仕組みが必要になります。その際にアドオン開発やシステム連携で対応すると大きなコストが必要になりますから、できるだけ標準機能で各国の違いを吸収できるようにしたい。すると採用できるERPソフトウェアに選択肢がほとんどなくなるのです。
ERPソフトウェアとしてはSAPが代表的です。ただ、SAPから別のERPに移行したいと考えたときに代わるものはありません。レガシーシステムのマイグレーションをどうするか、クラウドへどう移行するかといったITの戦略を遂行していくときにSAP以外に有効な選択肢がないことは、多くのお客さまの悩みの種です。
外村氏: 環境にあわせてERPを柔軟に構成できないことも大きな課題です。異なる国や地域の業務ニーズに対応するためには、近年のERPでは「2層ERP」「コンポーザブルERP」というアプローチが採用されます。グローバルERPと各国ERPを組み合わせたり、現場のニーズに合わせて会計と製造とで適用するERPの機能やアーキテクチャを変えたり、現場の状況にあわせて柔軟に機能を組み合わせたりしていくアプローチです。
ただ、これまでの2層ERP、コンポーザブルERPはメーカーの視点というよりも、業務に対するお客さまの視点でIT環境を整えていくという意味合いが強かったと感じます。ERPの標準に合わせて業務や仕組みを整えるのであり、ERPソフトウェア自身が柔軟にコンポーザブルに機能を組み合わせられるわけではなかったのです。それが追加の機能開発につながり、システムの硬直化を招いて、ユーザーの選択肢を狭めてしまっていたと考えます。
──「2025の崖」問題でも、アドオン開発によるシステム硬直化と維持費の増大、業務の属人化と人材不足が課題だと指摘されてきました。もちろん業務の改革は必要ですが、課題の根本にあるシステム的な課題に注目すべきと言えそうです。
外村氏: われわれが提供しようとしているコンポーザブルERPは、メーカー同士が標準で機能を疎結合で結び付けて提供するものです。そのため、ユーザーは必要な機能を必要に応じて適用できます。また将来にわたる機能や連携のバージョンアップをメーカーが実施します。そのため、お客さま環境やERP構築ベンダーに依存しない、柔軟なシステムを長期にわたって利用し続けることができます。
竹中氏: 早期に導入しステップバイステップで業務とシステムを変化させていくことができることも大きなポイントです。ERP導入プロジェクトの間に消費者や経営のニーズは変わります。意思決定を速められるシステムが求められます。
単一ベンダーに依存しないERPシステムをユーザー主導で長期運用
──では、WAP×IFSによって、ユーザー企業が得られるメリットを改めて教えていただけますか。
竹中氏: 環境変化の激しい時代にあったERPを運用できることです。経済が右肩上がりの時代とは違い、企業を取り巻く環境は時々刻々と変わる時代です。ERPをビッグバンで導入して決められた期間でバージョンアップ、というやり方は通用しません。
業務や経営目線で見ても、日本をマザー工場として各国の工場を管理するようなグローバル製造業で求められるアプローチに対応できますし、経営からのニーズが大きい、ブランド別の期首別損益を迅速に把握できるようになります。重厚長大なERPではなく、柔軟に機能を替えながら、現場や経営ニーズを素早く応えられるシステムが得られることは大きなメリットです。
外村氏: カスタマイズ依存しないERPシステムをユーザー主導で長期的に運用できることです。WAPのHUEは、会計領域で業務FIT率が高く、IFSはMES(製造実行システム)やSCADA(監視制御システム)などの領域での業務FIT率が高いことが特徴です。FIT率の高さは、構築や導入、運用のコスト全てにかかわります。また、標準機能の設定をユーザーが変えていくだけで運用できますし、新しい機能もクラウドサービスとして、日々進化したものが提供されます。カスタマイズやアドオン開発に伴う課題を解消し、変化にシステム、経営システムを作ることができます。バージョンアップの際にも追加コストがかかりません。
竹中氏: かつてのITシステムは経費であり、いかに効率化するかが重要なテーマでした。その中ではベンダーやコンサルティングファームの役割も大きかったと思います。しかし、現在のITシステムの経費は、IRに直結する重要なPL要素です。コンサルティングファームやベンダーに任せるのではなく、システムのオプションはお客さまが選ぶべきです。また、選択肢はもともとあるのではなく、市場の変化に合わせて、ベストなチョイスが何かをその都度判断していく必要があります。それはお客さまにしかできないことです。
外村氏: HUEとIFSは、コンポーザルという点で、両社の機能を柔軟に連携させることができるアーキテクチャです。例えば、財務会計や管理会計で「HUE AC」を利用し、MESで「IFS Cloud MES」を利用しながら、生産管理の情報や経営管理の情報をシームレスに連携させられます。ライセンス体系も必要なものを必要なタイミングで導入できる仕組みになっています。
竹中氏: HUEとIFSだけでなく、周辺ソリューションと柔軟に連携する基盤を用意しています。例えば、他社のSaaSサービス、ECサイト、BIツール、CTIシステム、CAD/CAM/CAE、PLMなどと自由自在につながり、DX推進の基盤として活用することもできます。
「競創」と「共創」をテーマに「脱アドオン」「完全標準化」を進める
──一般にERPは導入コストや導入期間が長い傾向があります。必要なライセンスで小さくスタートできることでどの程度コスト効果が高まるのでしょうか。
外村氏: ERPプロジェクトには多くの工数がかかります。WAP×IFSは、標準機能でのFIT率が高いため、設計や構築、運用で大幅なコスト削減が見込めます。もっとも、重要なことは単純なコスト比較ではなく、何を実現するかです。いま日本では多くのERPプロジェクトが実施されていますが、多くはマイグレーションです。何も変わらない、価値を生まないことに対して投資しているとも言えます。何を実現するか、どう意味を出すか、どれだけ早くリターンを得られるか。ERPへの投資に対する効果を議論することが重要です。
──両社が提携することで、それぞれの企業のユーザーはデータ構造やシステム構成などで変更を迫られることはありますか。
竹中氏: ありません。基本的にHUEとIFSの製品はREST APIで連携されます。どの製品をどう連携させていくかは日々変わっていきますが、基本的なREST APIの仕組みが変わらない以上、ユーザー側で何か特別な作業が発生することはありません。逆に言えば、製品連携や機能が強化されるときも、ユーザー側で対処する必要もないということです。
外村氏: 今回の連携に当たっては、両社の製品アーキテクチャが似ていることもポイントです。IFSは「Microsoft Azure」(以下、Azure)を基盤にしており、HUEはAzureか「AWS」(Amazon Web Services)か、「OCI」(Oracle Cloud Infrastructure)を選択して利用できます。パブリッククラウドを活用しながら、サービスはマネージド型で利用できるため、バックグラウンドの違いを意識する必要がありません。また、採用している技術についても、例えばRDBが同じ仕組みを使っているなど、両製品同士が親和性が高い構成となっています。
──最後に今後の取り組みについて教えてください。
竹中氏: リターンをいかに早く得るかという発想が重要です。ERP領域、特に会計の仕訳作業などは毎日使うものではありませんが、生産管理や製造実行などの現場では毎日作業が発生しています。年数回しか使わないものに何十億、何百億かけるという発想ではなく、現場や経営が毎日行っている判断を支えるものに適切な金額を投資する。そういう意識のもと、われわれも製品開発に取り組んでいます。
また、パートナーシップについては、「競創」と「共創」を掲げています。WAPとともにお客さまのチャレンジにフォーカスし、必要な投資を必要なときに必要なリソースで必要な時期に提供できるよう、支援していきます。
外村氏: 今後は、両社の価値を最大限に提供するためによりブラッシュアップする取り組みに力を入れていきます。われわれが提供できるバリューは、単に製品がつながるというだけではありません。システムの老朽化や属人化、人手不足などの課題に対して「脱アドオン」「完全標準化」で対応することはもちろん、スマートファクトリーやDXなどの取り組みを支えるERPシステムを提供し、人や組織の可能性を開花させることに取り組んでいきます。
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