「生成AIの全社活用には“サプライズ”が欠かせない」 定着支援のプロがこう語るワケ
生成AIを導入したものの、利用率が1〜2割にとどまる企業は多い。ごく一部の従業員だけでなく全社での利用の定着、そして利用拡大に欠かせない「2つの鍵」とは。
生成AIの業務での活用に取り組む企業が増える中、「実は、一部の“新しもの好き”以外は使っていない」「どの業務でどう使うかのノウハウが広まらない」といった悩みを抱えるIT部門担当者は多い。
生成AI導入の目的は多岐にわたるが、多くの企業が目指す「全社での生産性向上」を実現するためには、業務での日常的な利用が定着する必要がある。
そこで、生成AIの導入から定着、利用拡大までを支援するRidgelinezの林 航氏(Technology Group / Enabling & Integration - Senior Manager)が、自社における実践例と顧客企業の支援経験から定着に必要な「2つの鍵」を紹介する。
本稿は、アイティメディアが主催するオンラインイベント「ITmedia DX Summit Vol.22 〜勝負の年のIT戦略、どう変えるか、何を残すか〜」(開催日:2024年11月18〜21日)でRidgelinezの林氏が「生成AI活用拡大の鍵『定着化PDCA』『サプライジングリーダーシップ』」をテーマに語った内容を編集部で再構成した。
「ChatGPT、分析結果を資料にまとめておいて」をどう実現する?
2020年、富士通の100%出資で設立されたRidgelinezは、戦略立案から実行までをベンダーフリーで支援する総合プロフェッショナルファームだ。現在は「ストラテジー」「コンピテンシー」「テクノロジー」の3つの領域でデジタルトランスフォーメーション(DX)コンサルティングを実施している。同社のIT部門は、富士通グループの“出島”としてDXの先進事例に取り組み、そこから得られた実践知を顧客企業や富士通グループに還元している。
Ridgelinezにおける生成AIの取り組みは、クラウドネイティブなアーキテクチャをベースに、迅速かつ柔軟なAIインテグレーションが日々実践されている。例えば生成AIを活用し、社内文書を検索してプレゼン資料を生成したり、Webサイト検索などの外部サービスをAPI連携してリサーチ文書を生成したり、IR資料から分析レポートを生成したり、マルチモーダル機能でグラフや画像、手書きメモなどを取り込んで分析したりといった取り組みを進めている。
生成AIを組み込んで「アサイン最適化」を実現
一方、コンサルワークでは課題もあった。案件をスムーズに進めるためには、クライアントが抱える課題に対して部門横断で最適なメンバーをアサインする必要があるが、プロジェクト管理者は「よく知っているメンバー」をアサインしがちだったのだ。
「稼働率が評価に直結するので、各メンバーはプロジェクトにアサインされるためにアピールをする必要があります。『タレント検索向け生成AI』をアサインプロセスに組み込むことで、コンサルタントが自身のプロフィールを積極的に登録するきっかけになり、全体最適なアサインメントを実現できました」(林氏。以下、会話文は全て林氏の発言)
また、個人が成長するためのきっかけ作りにはコーチングやプロジェクト管理者との対話が重要だと考えた同社は、コミュニケーションツールの「Slack」でもAIを利用している。「Slack bot」に「コーチングAI」を実装し、従業員が必要としている情報を提供したり、これまでの会話を基にしてスキルアップやキャリアにつながる話題に誘導したりといったトライアルを実施している。
煩雑になりがちな経費精算の業務自動化にも生成AIを利用している。大量の領収書や請求書などの画像をマルチモーダルAIによって構造化データに変換し、管理業務やワークフロー業務を効率化する取り組みも進めている。
「当社は2023年1月からAI活用の取り組みを開始しました。多彩な機能のアップデートを迅速かつ高頻度で実施し、活用促進に向けた啓蒙活動を推進することで、利用者数と利用回数が増加しています。生成AIは、既にRidgelinez従業員の“当たり前”になり、月間の利用率も60%を超えています」
生成AI活用の鍵は「定着化のPDCAサイクルとリーダーシップ」
生成AIの活用を拡大する中で重要になるのは「なぜAIを活用するのか」「どのように活用していきたいのか」という戦略と、AIを活用することでビジネスの形、働き方を変えていくというトップのコミットメントだ。
具体的なポイントとして林氏は次の2点を挙げた。
- 定着化のPDCAサイクル
- R&D(研究開発)におけるサプライジングリーダーシップ
定着化のPDCAサイクルでは、生成AI活用の目的に応じて利用状況を分析し、PDCAを回すことが必要になる。そのための仕組み作りやアーキテクチャの構築、PDCAを回す体制の確立も重要だ。定着化を促進するためには、離脱者のリカバリーと新規利用者を獲得するための施策、およびアクションが必要になる。離脱者のリカバリーでは、エラー分析、レポートを週次で実施し、迅速に修正してアップデートをこまめに案内する。
一方、新規利用者の獲得では利用部門や役職、目的などセグメントごとの傾向に基づきアクションを抽出、実行する。利用状況をモニタリングして「利用者が何を望んでいるのか」を把握して短期・中長期で機能アップデートを計画することも重要だ。
AIの機能を追加、アップデートする場合、内製化かサードパーティーの仕組みを使うかといった方針を立てる。内製化を進める場合、外部の力も借りながら段階的に移行することもポイントとなる。
「重要なのは、定着化は目的ではなく手段であるということです。生成AI活用の本来の目的は業務効率化やコスト削減、イノベーション、新規事業創出などです。そのためのKPIを明確に定め、モニタリングできるプロセスと仕組みを構築してはじめて生成AIが定着します」
Ridgelinezは数々の企業の「生成AI定着化」を支援してきた。定着させるためには、R&Dにおけるサプライジングリーダーシップも必要になる。「リーダーは、常に一歩先のサプライズを提供することが必要であり、進化する生成AIの技術動向をキャッチアップし続ける姿勢を示すことで期待値を醸成することが重要になります」
生成AI活用に関する従業員の期待を背負うアンバサダーとチームを確立させることで、「生成AIと言えばこの人、このチーム」というシンボルを作ることもポイントになる。
さらにアジリティを確保できる社内文化と環境整備の推進も重要だ。AIを推進するリーダーやチームが存在していても、AIを柔軟に試せなければ成果を期待できない。「現在の生成AIには、やってみなければ分からないという要素が強く存在します。アジャイル型での開発、導入でとにかく迅速に試し、ある程度のリスクを負うことが許されるカルチャー作りもポイントになります」
林氏はリスクテイクできる社内文化の必要性をさらに訴えた。「完璧でなくても構わないので、まずはα版やβ版をクイックに試せる環境やカルチャーが重要です。そのカルチャーを実現するためには適切なITシステムが必要です。レガシーシステムを抱えている場合は、生成AIに関しては別にアーキテクチャを構築して自由に試せる環境を作ります。R&Dチームを組成して、実験的な『次の一手』を考える仕組みの実現に投資することも重要です」
「生成AIは魔法のような技術だが、使うのはあくまでも人間」
林氏は生成AIについて、さまざまなことを魔法のように実現する高度な技術だとする。「人間の代替にもなり得ますが、まだまだ進化が必要な技術でもあります。AIを使うのは人間なので、結局は定着化のための愚直な取り組みと推進力が必要です」
AIの導入、開発を推進する部門の担当者は、「利用者の目線」でPDCAサイクルを回し、利用状況をモニタリングする仕組みを作ることもポイントになる。Ridgelinezはこれまでの実践による知見を生かして定着を図るだけでなく、技術支援や倫理、ガバナンスなど、生成AIに関するコンサルティングをさまざまな業界に提供している。
林氏は「生成AIに対する期待は世界中で大きくなっています。こうした中で『驚き』を維持できるリーダーシップをいかに発揮し、カルチャーや環境を醸成できるか。これが重要な鍵になります」と話し、講演を締めくくった。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
「生成AIで一発逆転は可能だ」 DX“後進”企業こそ得られるメリットを解説
これまでDXに取り組んでこなかった企業が生成AIを利用することで「一発逆転」することは可能か? ムシが良すぎるこの問いかけに「やり方によっては可能だ。メリットは大きい」と答えるDX支援のプロがいる。「DX後進企業」だからこそ得られるメリットと、導入失敗を避けるために押さえるべきポイントとは。
なぜ、一部社員にしか使われないのか? 生成AIの全社展開を阻む「3つの壁」
生成AIを導入する企業が増える中で、「思ったように全社に浸透しない」という課題が浮上している。全社に浸透しない理由とその打開方法について、生成AIのコンサルティングを手掛けるRidgelinezに聞いた。
「生成AIで一発逆転は可能だ」 DX“後進”企業こそ得られるメリットを解説
これまでDXに取り組んでこなかった企業が生成AIを利用することで「一発逆転」することは可能か? ムシが良すぎるこの問いかけに「やり方によっては可能だ。メリットは大きい」と答えるDX支援のプロがいる。「DX後進企業」だからこそ得られるメリットと、導入失敗を避けるために押さえるべきポイントとは。
生成AI向けの機密データをクラウドで保管、オンデマンドでAIを利用可能に 富士通
富士通は2025年2月13日、クラウド型生成AIサービス「Fujitsu クラウドサービス Generative AI Platform」の提供を発表した。データの機密性を保ちながら、安全に生成AIを活用可能なプラットフォームとされている。




