チャットbotの次は「AI駆動化」で業務改革 実証実験で見えた、AIとシステムの連携術:エンタープライズAI 導入実務の勘所(3)
生成AIの業務活用は、人間を補助する「AI支援」から、AIが業務を主導する「AI駆動化」へと進化する。AI駆動化がもたらす生産性向上の可能性とは。具体的なユースケースを想定した検証結果を基に、成功の鍵と乗り越えるべき課題を明らかにする。
第1〜2回では生成AI導入の基本について解説しました。現在、多くの企業では「AIを業務で活用する段階」に移行することが課題となっています。本稿では、AI連携機能のリリースが先行しているデータマーケティング業務を例として、業務を「AI駆動化」した実証検証の事例を紹介します。
AI駆動化によって、これまで人間が担っていたコア業務をAIに委任できる段階へと進化し、業務の効率化や生産性向上が期待されています。一方で、人間とAIの役割分担や、連携方法について新たな課題も浮上しています。当社で実施したAI駆動化の検証事例を基に、成功や失敗の要因を分析し、実務導入に向けた具体的なロードマップを解説します。
なお、本稿の内容はあくまで執筆時点の情報に基づいていることに注意してください。
筆者プロフィール
内田 匠(Takumi Uchida)
インキュデータ株式会社 R&D室、筑波大学 非常勤講師
京都大学総合人間学部(学士)、筑波大学社会人大学院(博士、システムズ・マネジメント)。情報処理学会、人工知能学会などに論文採録実績。Web広告代理店にて広告設計と効果改善業務。リクルートにてデータサイエンティスト、エンジニアとしてAIアルゴリズムを開発。2021年よりインキュデータに参加し、新規事業開発を担当。
大手メディアにおける広告効果の可視化BIツール開発、結婚情報誌に掲載されている画像の解析アルゴリズム、アルバイトのシフトを自動配置するアルゴリズム開発を担った他、深層学習を使った競馬の着順・回収率予測やChatGPT3.5を使った競馬の予測コメント自動生成で実績。インキュデータではデータクリーンルームを使った分析手法の開発や生成AIをつかった新規事業/業務効率化の検討に従事する。
AI駆動化とは? ChatGPTとの違いを理解する
現在、多くの企業で「ChatGPT」や「Microsoft Copilot」といった生成AIツールが導入されていますが、その多くは「AI支援」(AI-Assisted)の段階に留まっています。一方で、「AI駆動化」(AI-Driven)は人間とAIの役割分担を根本的に変える次のステップです。
AI支援では人間が主導してAIがタスクを補助します。例えば、文書作成でChatGPTに下書きを作成してもらい、人間が修正・完成させるといった使い方です。
AI駆動では、AIがプロセスを主導し、人間は監督と最終判断を担当します。AIが業務データにアクセスし、分析から施策立案、実行準備まで一連の業務を自律的に処理します。人間はAIが出した結果を確認し、必要に応じて修正指示を出すという役割になります。
この違いを生み出すのがAIと社内システムの連携です。ChatGPTは汎用(はんよう)的な知識しか持てませんが、AI駆動化ではAIが社内データベースや業務ツールと連携することで、実際の業務データを活用し、具体的なアクションまで実行できるようになります。
つまり、AI駆動化により「アイデアをもらう」段階から「実際の業務タスクを委任する」段階へと進化するのです。
実証検証:データマーケティング業務のAI駆動化
当社では、AI駆動化の効果と課題を明確にするため、データマーケティング業務を想定した実証検証を実施しました。
従来のデータマーケティング業務では、以下のような課題がありました。
- 専門人材への依存: データサイエンティストやエンジニアが数日かけて分析・モデル構築を行う必要がある
- 工程の分断: 別々のチームで分析や設計、施策を実行するため、連携に時間がかかる
- 属人化: 分析手法やコード資産が個人に依存し、再現性に課題がある
これらの課題をAI駆動化によって解決できるかを検証しました。検証では、PCスキルはあるものの非エンジニアの担当者が、AIを活用してエンド・ツー・エンドの業務を実行できるかがポイントとなりました。
検証用の業務シナリオ:顧客離脱を防ぐパーソナライズDMの自動化
検証シナリオとして、レンタルDVD事業を想定し、離脱可能性の高い顧客に対し、パーソナライズされたおすすめDVDを記載した電子メールを作成、送付する業務を設定しました。セキュリティの観点から、検証には「dvdrental」というダミーデータベースを使用しました。
検証用の業務フローは以下の通りです。
- 分析フェーズ: DVDレンタルログを抽出・分析し、顧客の離脱率予測モデルを構築
- 設計フェーズ: 過去のレンタル履歴に基づくレコメンドモデルを構築
- 施策フェーズ: 離脱が予兆される顧客に対するパーソナライズメールを生成
- 実行フェーズ: 生成したメールの内容をCRMツールに登録、配信設定
使用したAI連携システム構成
検証では、実際にAI連携機能が利用可能なツールを組み合わせて環境を構築しました。システム構成は以下の通りです。
- 業務アプリケーション: 「Visual Studio Code」(操作画面、統合環境)
- AI駆動プラグイン: 「GitHub Copilot」(コード生成、業務ロジック自動化)
- データプラットフォーム: 「Databricks」(顧客データ、レンタル履歴の格納・分析)
- CRMツール: 「HubSpot」(メール配信、顧客管理)
GitHub CopilotがModel Context Protocol(MCP)を通じて各システムに接続し、人間の指示に基づいてデータ抽出からメール生成まで一連の処理を実行します。
実際の業務デモ AI駆動化の具体的な作業プロセス
ここからは、実際に検証した4つのデモについて、順を追って解説します。各デモにおいてAIがどこまで自律的に業務を実行できたか、また人間の介入がどの程度必要だったかを詳しく見ていきます。
デモ1:顧客離脱スコアリングの自動実行
デモ1で検証するタスクは顧客の離脱可能性を予測するスコアリングモデルの構築と実行です。
AI駆動化の内容は以下の通りです。
- Databricksから顧客データとレンタル履歴を自動抽出
- 離脱の兆候となる特徴量(最終利用日、利用頻度、平均レンタル本数など)を自動選択し、離脱スコアリングモデルを自動構築
- 全顧客の離脱スコアを算出し、高リスク顧客リストを出力
検証の結果、「離脱スコアリングを実行して」という指示のみで、AIがモデル構築から結果出力まで完了。従来はデータサイエンティストが1〜2日要していた作業を大幅に効率化できました。人手が必要になったのはビジネス制約の設定(例:上限20%の会員を送付対象とする)と結果の妥当性確認を担いました。
デモ2:レコメンドモデル構築と性能レポート
デモ2で検証するタスクは各顧客の嗜好(しこう)に基づくDVDレコメンドモデルの構築と性能評価です。
AI駆動化の内容は以下の通りです。
- 顧客の過去レンタル履歴からレコメンドモデルを自動構築
- クロスバリデーションによる精度検証を自動実行
- モデル性能レポートを自動生成
検証の結果、AIが約20分でレコメンドモデルの構築から性能評価まで完了しました。レコメンド結果のビジネス的妥当性確認と、必要に応じたパラメーター調整の指示を人が担いました。
デモ3:パーソナルDMの生成と確認用アプリの構築
デモ3で検証するタスクはパーソナライズされた電子メールを生成し、内容を確認するためのWebアプリケーション構築です。
AI駆動化の内容は以下の通りです。
- 一人ひとりに最適化されたメール文面を自動生成(顧客名、推奨DVD、離脱防止特典などを個別カスタマイズ)
- 生成されたメールを一覧表示・確認できるWebアプリを自動構築
- CRMツールへの配信登録は、採用したAI駆動ツールとAI連携モジュール(MCP)のバージョン不整合により未実施(失敗)
検証の結果、AIが電子メール作成からWebアプリ構築まで完了。1通ごとに確認できるアプリも自動構築しました。各メールの内容確認、必要に応じた文面修正、最終承認の判断、企業ブランドに合致したトーンの調整指示を人が担いました。
検証結果:成功点と課題点
今回の検証の結果、成功したポイントは以下の通りです。
- エンド・ツー・エンドの自動化実現: 分析からメール生成まで約3時間で完了(従来は数日かかっていた)
- 非エンジニアでも実行可能: 複雑なコーディングなしで高度な分析業務を実行
- 品質の安定性: AIが生成したコードや文面の品質が一定水準を保持
- スケーラビリティ: 個別カスタマイズが短時間で完了
一方、以下のような課題も明らかになりました。
- 外部システム連携の不安定性: 新興技術のため、CRMツールのAI連携モジュールでエラーが発生。これはモジュールのバージョンアップで解消される見込み。
- AI出力の検証の重要性: 統計モデルの妥当性確認に専門知識が必要
- プロンプト設計の重要性: 指示の仕方により出力品質が大きく変動
- データ品質への依存: 元データの品質が直接結果に影響
AI駆動化により大幅に生産性が向上できましたが、AI駆動で業務責任を担える新しい人材の育成や、AIと業務システムの連携の安定化が今後の課題として浮き彫りになりました。
AI駆動による改善効果 実証検証で見えた可能性
検証を通じて、AI駆動化がもたらす具体的な改善効果を定量的に測定できました。
従来はデータサイエンティスト1人とエンジニア1人で3〜4日かかっていた作業を、AI駆動手法では非エンジニア1人で約1日(実作業時間約3時間)で実施でき、約50〜90%の工数を削減しました。
専門人材の工数削減による生産性改善効果が見込まれ、スピーディーな施策実行によって売上機会の最大化も期待できます。
以下のような品質向上効果も期待できます。
- 再現性: 同じ指示で同等の結果を安定して出力が可能
- 属人化解消: 特定個人のスキルに依存しない業務プロセスを実現
- ヒューマンエラー削減: 手作業による計算ミスやデータ抽出ミスを防止
ただし、これらの効果を実現するためには、適切なシステム設計とAI活用人材育成が前提となります。
AI駆動を成功させる3つの重要ポイント
実証検証の結果、AI駆動化を成功させるためには、以下の3つの要素の最適化が必要だと分かりました。
1.AI活用人材の育成:業務責任を担える人材の確保
AI駆動化では、従来のAI利用とは異なるスキルセットが求められます。単にChatGPTを使えるだけでなく、AIに適切な目的を指示し、そのタスク結果を検証できる人材の育成が必要です。
具体的には、以下のようなスキルが必要になると考えられます。
- プロンプトエンジニアリング: 複雑な業務を正確にAIに指示する技術
- データ理解: 分析結果の妥当性を判断できる基礎的なデータ分析知識
- 業務設計: AI化に適した業務プロセスに再設計する能力
- 品質管理: AI出力の品質を継続的に監視・改善する仕組み作り
2.社内データベース最適化:AIが理解しやすいデータ構造への整備
AIが正確に業務を実行するためには、データの品質と構造が重要になります。次のような処理が期待されます。
- 正規化: 重複データの排除とテーブル構造の最適化
- データ定義書: カラム名の意味、値の範囲、欠損値の扱いを明文化
- マスターデータ統一: 商品名、顧客属性などの表記揺れを統一
- 履歴データの整備: 時系列分析に必要な日付・時刻データの正確性確保
また、以下のようなセキュリティ対策も必要になります。
- 個人情報の匿名化: 名前、住所などの直接識別情報を匿名化
- アクセス権限管理: AIがアクセスできるデータ範囲を業務に必要な最小限に制限
- データマスキング: 本番データの構造を保ちながら機密情報を保護
3.システム連携最適化:AIと業務システムの連携
AI駆動化の実現には、AIと既存業務システムの安全な連携が不可欠です。今回の検証においても、CRMツールとの連携で一部エラーが発生しましたが、新興技術のため、慎重な技術設計が必要となります。具体的には以下のような設計を意識する必要があります。
- AIとのInput/Output設計:
- API連携: RESTful APIによる標準的なデータ交換。JSON形式でのデータ送受信、認証トークンによるセキュアな接続
- MCP(Model Context Protocol)連携: AIとツール/データ連携を可能にする新しいプロトコル。従来のAPI連携より多機能で安全なデータ交換を実現
- エラーハンドリング: 接続エラー時の自動リトライ機能とフォールバック処理
- セキュリティ対策: OAuthによる権限の委譲、データ暗号化(TLS 1.3)、IPアドレス制限による不正アクセス防止
- 監査ログ: AI実行履歴とデータアクセス記録の保存、コンプライアンス要件への対応
AI駆動化で変わる働き方
AI駆動化は、生成AI活用の次なるステップとして、企業の生産性向上に大きな可能性を秘めています。本稿で紹介したデータマーケティング業務の検証では、従来3〜4日要していた業務を約1日で完了し、50〜90%の工数削減を実現しました。
しかし、AI駆動化の成功には3つの重要な課題があります。幾つかの研究(※2、3)でも類似する課題が指摘されています。
- AI活用人材の育成: プロンプトエンジニアリングに加え、AIのタスク結果に責任を担える人材育成
- 社内データベース最適化: AIが理解しやすい形でのデータ構造化と品質管理
- システム連携の最適化: 安全で安定したAIと業務システム間の連携
現在、AI駆動化技術は急速に進歩していますが、新興分野のため、外部システム連携の不安定性など技術的な課題も残っています。企業は小規模なパイロットプロジェクトから始め、段階的に適用範囲を拡大することが重要です。
AIと人間の役割分担を適切に設計し、組織全体でAI駆動化の準備を整えることで、企業はデジタル時代における競争優位性を確立できるでしょう。AIに業務をまかせ、人間が戦略的判断に集中する新しい働き方への転換が、今始まっています。
参考資料
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