生成AIで金融業界の構造課題を打破できるか AWSで進む三菱UFJ、JPX総研、東京海上日動システムズの改革
AWSが開催したイベントで、大手金融機関3社が生成AI活用事例を語った。システム開発の生産性向上から高度な情報検索、顧客提案の変革まで、各社が挑む具体的な取り組みをレポートする。
アマゾン ウェブ サービス ジャパン(以下、AWS ジャパン)は10月9日、金融ビジネスにおける生成AIの導入事例に関する記者説明会を開催した。東京海上日動システムズやJPX総研、三菱UFJ銀行の担当者が自社の取り組み事例を紹介した。
事例紹介にあたり、AWS ジャパンで金融事業開発本部長を務める飯田哲夫氏が、AWSの金融事業における取り組みを振り返った。同社は「Vision 2030」を掲げ、顧客の事業課題にフォーカスし「戦略領域への投資拡大」「新規ビジネスの迅速な立ち上げ」「イノベーション人財の育成」「レジリエンシーの更なる強化」の4つの取り組みを進めている。
「生成AIは『戦略領域への投資拡大』や『新規ビジネスの迅速な立ち上げ』におけるツールとして活用できる。生成AIは2024年に業務への適用が始まり、2025年はそれをよりスケールさせ、ビジネスに活用するフェーズに入っている。利用法も、アシスタント的なものから、自律的なエージェントによってより効果を上げられるようになった。金融業界でもそうしたトレンドは同様だ」(飯田氏)
飯田氏は4つの取り組みのポイントを解説しながら、パートナー企業と共に、日本社会と経済の安定した基盤の提供に貢献することを目指しているとした。その後、3社からそれぞれ取り組みの発表があった。
“AI支援”から“AI駆動”へ 東京海上日動システムズのAI活用事例
東京海上日動システムズでは、生成AIによるシステム開発の生産性向上に取り組む。同社では、東京海上グループの「中期経営計画2026 重点戦略」を実現するために「テクノロジー活用の徹底、高速化による業務効率化と生産性向上」のための施策を強化中だ。生成AIもその一つで、同社の山下裕記氏(インフラソリューション1部 兼 戦略企画部)は「人材不足とビジネスニーズのギャップを埋めるためには生成AIの活用が不可欠だ。高い生産性を実現し、競争力のある企業に成長することは非常に重要であり、そのためにAIに取り組んでいる」と強調する。
山下氏によると、システム開発におけるAI活用は、AIがプログラミングなどを支援する開発(AI-Assisted Development)から、AIをより多くの業務プロセスに組み込む「AI駆動開発」(AI-Driven Development)、全てのプロセスについて管理までAIが行う開発(AI-Managed Development)へと発展する。現状では、AI支援開発にとどまっている。
「AI駆動開発を目指すにあたり、2年前から保険金支払システムのソースコード自動生成に挑戦している。保険金支払システムは約800のシステムのうちトップ5に入るほど重要なシステムで、保険支払向けバッケージソフトを利用し、プログラム言語はパッケージの独自言語『Gosu』を使用している。Gosuを使った基幹システムで生成AIが活用できれば、他の多くのシステムにも適用できる考えた」(山下氏)
開発工程のコストと工数の30%削減を目標とし、削減した分を戦略案件へシフトすることを目指した。適用業務は、詳細設計書からのコード自動生成だ。実開発案件への適用をシミュレーションし、効果を検証。プログラミング工程の工数を新規開発で44%、仕様変更で83%削減可能と評価し、実際に約30%の削減を実現することができた。
この取り組みを皮切りに、その後も「適用効果が高いと見込む業務」への適用を進めてきた。その一つが、運用業務におけるAIOpsの推進だ。
「システム運用は大変だ。特にトラブル対応は、オペレータからの報告を受けたシステム担当は出社して対応手順を探したり、検討したりする必要がある。基本的に24時間365日対応が求められ、精神的な負担も大きい。そこでAIOpsプラットフォームを導入して、過去の障害をAIに学習させて対応したり、未知の障害をAIからのサジェストやエラーの要約などで対応したりすることを目指した。対応時間の削減に加えて、担当者の精神的負担を減らせることが大きい」(山下氏)
AIOpsは検証段階だが、障害内容のトリアージ(インシデント特定、グルーピング、自動処理)やAIからのサジェスト(システム情報、エラー要約、分析結果と対応の提案)で効果を確認しているという。
さらに「全てのプロセスにAIを組み込むAI駆動開発」を促進するために、AWS社内で実績のある「Unicorn Gym」形式(実際のプロダクト開発を通じてAI駆動開発の効果を検証するプログラム)を活用しているという。
「社内チャットシステム『One-AI』の機能改善、お客さまに送付する資料にQRコードを印刷するシステムの構築、お客さま向け事故対応システムの機能改善など、さまざまなジャンルのシステムで実証実験を進めている。AIの課題は社会課題だ。さまざまな会社とコミュニケーションを取って盛り上げていきたい」(山下氏)
証券取引所の開示資料をベクトル検索 新サイト構築に取り組むJPX総研
JPX総研は、生成AIとベクトル検索を活用し、証券取引所の開示資料を検索するサイトの構築に取り組む。「特定の業界の人的資本に関する施策を調べたい」などと質問すると、AIが関連性の高い開示資料を表示する。単純なキーワード検索などでは見つけにくい情報を簡単に探せるのがメリットだ。
同社の山藤敦史氏(執行役員 フロンティア戦略担当)は「開示資料は企業の“説明書”だ。財務数値から、経営概況、資本政策、ガバナンス、収益性、社会・環境などを把握できる。投資家は開示資料を参考に投資を判断し、それが企業の成長資金となる」と、上場企業の開示資料の重要性を強調する。
「開示資料データはこの30年ほどで10倍以上に増えており、既に人間の情報処理能力を超えている。これを補助する仕組みは必須だ」(山藤氏)
そこで構築したのが、生成AIとベクトル検索を用いた検索サービスだ。ベクトル検索には「Amazon OpenSearch Service」(以下、OpenSearch)を、生成AIには「Claude on Amazon Bedrock」を活用している。ユーザーが質問すると、質問文から類似度をスコアリングし、スコア上位について回答文を生成する。
通常の検索との違いは、「業績予想を開示していない企業」など否定形の検索ができること、「配当予想が50%以上増加した開示」など数値を組み合わせた検索ができること、「EV市場トレンドに関する各社の見方」「人的資本に関する施策」など複雑な条件の検索ができることだ。また、英語を含む多言語で質問をなげても回答できるため、日本語が分からない従業員でも使える。
「今後は『ユーザーが頑張らなくても良い検索』ができるように改良します。最終的には日本市場の情報の集積地になることを目指します」(山下氏)
マルチエージェントシステムの構築やMCP対応を進める三菱UFJ銀行
三菱UFJ銀行は2023年に生成AIの活用を推進する取り組み「生成AI Initiatives」をスタートし、AIエージェントアプリの開発などを進めている。
堀金哲雄氏(市場企画部 市場エンジニアリング室 Head of Quant Innovation)は「翻訳や電子メールの要約、文章の下書きだけでなく、さまざまな業務でAIが浸透する未来が見えている。その未来に向けて業務変革をしなければにならない」と語った。
三菱UFJ銀行では、クライアントへの提供価値向上に向けて、顧客理解とプロダクト提案を重視する。顧客を理解するためには、財務・経営戦略から、市場環境の状況、取引状況などの把握が求められ、プロダクト提案においては、さまざまな規制や社内プロセスに準拠しながら、安全にニーズに応えることが求められるという。
「お客さまの理解のために公開情報をダウンロードしたり、面談記録や取引データをシステムから取得したりとさまざまなデータを手作業で取得していた。プロダクトの提案においても、お客さま情報が担当者の頭の中にしかなく、提案までに時間がかかっていた」(堀金氏)
こうした課題を解決するために2024年から取り組んだのがAIエージェントの開発だ。
「(PLやBSの分析、競合分析、マーケットリスク分析などの)お客さまの財務課題の分析を人間がどう進めていたかを分解し(て可視化し)、それらをエージェントにした。それぞれの業務で知見を言語化し、データを抽出し、社内勉強会を開いて、新しい技術の浸透に努めた」(堀金氏)
400人の行員がこうしたエージェントを活用し、上場企業約4000社の財務分析と財務課題の提案書のドラフトを5分で作成できるようになるなど、大きな成果を出した。提案可能な顧客数は10倍になり、案件化も30%増加したという。
「この結果を受けて2025年度はユーザー数の拡大、提案内容の拡充、データ拡充に取り組んでいます」(堀金氏)
マルチエージェントシステムの開発やMCP(Model Context Protocol)対応も進める。マルチエージェントシステムは、コンテキストに応じて複数のエージェントが自律的に稼働するものだ。エージェントの挙動を評価する仕組みを導入しながら改善しているという。MCPによって社内外のデータ活用も進める。
「AIエージェントは全てのワークフローを変革し得る技術だ。業務の分解や再構成、評価を通じて『GenAIOps』を仮説検証しながら進めている。これまでの以上に、ビジネスサイドとエンジニアサイドが一体で取り組むことが重要だ」(堀金氏)
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