MicrosoftとSASは次の50年をどう読むか テクノロジーリーダーが語るデータとAIの未来像
MicrosoftとSASは、長年のパートナーシップを通じてデータ活用とAIの進化を共に見つめてきた。さらに、量子コンピューティングとAIの融合による次世代の可能性にも取り組み、企業の意思決定やイノベーションの速度を大きく向上させようとしている。
2026年7月、SASは創業50周年を迎える。2025年4月に創業50周年を迎えたMicrosoftとは、長年にわたり世界中の顧客への支援を通じて共に成長してきたパートナーだ。両社は2020年6月に戦略的パートナーシップを締結し、共同での取り組みも2025年で5年目を迎える。
SASのCOO(最高執行責任者)のギャビン・デイ氏は、SASとMicrosoftの関係がより緊密になっていることを強調し、「私たちの共同コミットメントは常に可能性の限界に挑戦し、お客さまやパートナーのために最良の判断を下し、最高の成果を導き出すことにあります」とコメントする。
テクノロジー業界の変遷を共に見つめてきた両社のリーダーたちは、データ活用とAIの今をどう捉え、未来をどう描いているのか。両者の対話から、次なる展望を探っていく。
“AI頼み”では成果は出ない 両CEOが語る人とテクノロジーの最適な関係
ジム・グッドナイト博士: 私たちは今、テクノロジーの進化とビジネスの変革が同時に進む、歴史的な転換点に立ち会っています。AIは人々の働き方をどのように変えようとしているのか。その本質について、お考えをお聞かせください。
サティア・ナデラ氏: 本当に目覚ましい進化ですよね。身の回りのあちこちで変化が見られます。何十年にもわたり、私たちの多くの技術を支えてきた基盤にはムーアの法則があります。興味深いことに、「ムーアの法則は終息を迎えた」と言われることもありますが、私はそうは思いません。むしろ、これまで以上のスピードを感じています。
SASの製品はもちろん、「GitHub Copilot」や「Microsoft 365 Copilot」などを見ると、その進化のスピードが分かります。1年前、あるいは1年半前には、AIでできることといえばソースコードの補完やメール文の作成、簡単な詩作成などに限られていました。今では、社内外のデータを根拠に質問に答えてくれるだけでなく、“同僚”としてタスクをそのまま任せられる時代になりました。
単に技術的にすごいというだけでなく、われわれの働き方やワークフロー、仕事の成果物を大きく変えつつあります。そしてさらに面白いのは、AIを取り巻く製品開発です。
ジム・グッドナイト博士: スケールの観点では、関連するデータも同じです。データ量は信じられないスピードで増大しており、企業が扱う情報量は、AIワークロードの複雑さや規模に対応できるテクノロジーで管理しなければなりません。
ですが、多くの人々は、生成AIがあらゆる課題を解決してくれると考えがちです。最近のインタビューで、あなたは「大規模言語モデルだけでは不十分だ」とお話しされていましたね。SASもこの考えに深く共感しており、恐らく多くのお客さまも同じように感じているのではないでしょうか。
そこでお伺いしたいのですが、現在、私たちはデータとAIの成熟曲線のどの辺りに位置しているとお考えですか。また、データとAIのリーダーが、この加速度的な進化に取り残されないためには、どのような取り組みが求められるのでしょうか。
サティア・ナデラ氏: 生成AIが全てを取り込み、全てを置き換えるわけではありません。例えば、生成AIを計画策定に活用できたとしても、実行の段階では決定論的なワークフローや機械学習モデル、統計モデルといったテクノロジーは欠かせません。これらこそが、計画を確実に実行へと結び付ける要となるのです。
私たちがパートナーシップのもとで進めている数多くの取り組みは、「Microsoft Fabric」や「Microsoft Azure Marketplace」を通じて、お客さまのアプリケーションやワークロードを統合し、全体をシームレスに連携させることを目的としています。そして、成熟度曲線のその先には、AIテクノロジーが日常業務に自然に溶け込み、製品やサービスの中で当たり前のように活用される世界が広がっています。
これまで築いてきた協働の成果、そしてこれから生まれていく変化を結集し、プラットフォームの力を最大限に生かして製品を創出する。それこそが、私たちにとって最も重要なポイントだと考えています。
ジム・グッドナイト博士: 非常に重要なご意見です。SASのお客さまの多くは、複雑かつ多様なワークロードを抱えており、その処理には生成AIを超えた幅広いテクノロジーの統合が求められます。だからこそ、現在パブリックプレビュー中の「SAS Decision Builder on Microsoft Fabric」や「SAS Viya Workbench on Azure Marketplace」といった共同ソリューションの開発には、非常に大きな意義があると考えています。
また、「SAS Viya Copilot」に対しても、お客さまからは大変好意的なフィードバックを頂いています。これらの取り組みの成功に向けて尽力いただいたMicrosoftチームの皆さまに、改めて感謝申し上げます。
そこでお伺いしたいのですが、これらのソリューションについて、特にどの点を高く評価されていますか。
サティア・ナデラ氏: これらは、どちらも素晴らしい取り組みの例です。SASが提供する意思決定ソリューション「SAS Decision Builder」をMicrosoft Fabricで稼働させるというアイデアは、AIモデルやルール、プロシジャーロジックなどを組み合わせて複合ワークロードを構築し、Microsoft Fabricに統合するものです。これにより、ビジネスユーザーはデータにより近い場所で意思決定を行えるようになり、極めて画期的な進化だと感じています。
さらに、このソリューションをMicrosoft Azure Marketplaceに展開することで、SASとMicrosoftはより多くのお客さまにアプローチできるだけでなく、エージェンティックAIに関する摩擦を軽減することにもつながります。実際、「SAS Viya Workbench」のデータによれば、以前は8時間を要していたデプロイが、現在ではわずか30分で完了するようになりました。デプロイのスピード向上のような日常的な課題を、両社のチームが力を合わせて解決した好例と言えるでしょう。
私は、両社のチームの成果と、それによって共通のお客さまにもたらされるポジティブなインパクトに大いに期待しています。例えば、SASが提供する意思決定ソリューション「SAS Decision Builder」をMicrosoft Fabricで稼働させるという取り組みがあります。AIモデルやルール、プロシジャーロジックなどを組み合わせて複合ワークロードを構築し、Microsoft Fabricに統合することで、ビジネスユーザーはデータにより近い場所で意思決定を行うことが可能となるのです。
私は、両社のチームがこれまでに築いてきた成果、そしてそれによって共通のお客さまにもたらされるポジティブなインパクトに、大いに期待しています。
量子コンピューティングが切り開く次世代の可能性
ジム・グッドナイト博士: 現在も将来も、この取り組みの成果が確実にお客さまのビジネスに貢献することは間違いありません。同時に、私たちは誰もが常に次に何を求めているかも理解しています。MicrosoftとSASは、量子AIに関しても共通のビジョンを持っています。SASでは、量子AI分野で複数の画期的な取り組みを進めており、他のAIテクノロジーと組み合わせることで、大きなポテンシャルを発揮できると考えています。量子コンピューティングについて、あなたのご見解をお聞かせください。
サティア・ナデラ氏: Microsoftでは約25年前から量子コンピューティングに関するプログラムを進めており、2025年2月には世界初の量子チップ「Majorana 1」(※)を発表しました。とはいえ、現時点で私たちが実際のシミュレーションに使える計算リソースは、ハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)が中心です。現状では、近似値の算出が精いっぱいであり、従来のフォン・ノイマン型アーキテクチャだけでは、高精度の分子・化学物質シミュレーションは困難です。だからこそ、量子コンピューティングの必要性が一層高まっています。
興味深いことに、この取り組みの過程で新たにAIという強力なツールも手に入れました。AIは量子エミュレーターとしての活用が期待され、新素材開発のための分子設計などに役立つ可能性があります。実際、HPCとAIを組み合わせて計算化学に応用する事例も登場しています。
今後は、計算化学だけでなく、より難易度の高い生物学分野においても、量子テクノロジーとAIの組み合わせが課題解決のスピードを大幅に加速することが期待されます。この最前線に挑むため、SASの皆さんと共に仕事ができることを大変うれしく思っています。
※このチップには、独自開発のトポコンダクター(トポロジカル超電導体)が使用されている。トポコンダクターは、固体と液体、気体のいずれでもないトポロジカル状態を作り出す特殊な材料であり、この特性により、従来なら数十年かかるとされていた問題解決の時間を大幅に短縮できると期待されている。
ジム・グッドナイト博士: SASは、AIが人間の生産性を大きく向上させる可能性を秘めていること、そしてこのテクノロジーに対する信頼を築く責任があることを深く理解しています。お客さま、そしてMicrosoftの皆さまと協力しながら、未来を共に築いていけることを大変うれしく思います。本日はありがとうございました。
サティア・ナデラ氏: ありがとうございます。今回のような対話の機会をいただき、本当に光栄に思います。
SASの年次イベント「SAS Innovate 2025」では、基調講演の冒頭でテクノロジー業界を代表する2社のCEOが対談する特別動画が公開された。本稿は、その動画の内容を基にまとめたものだ。
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