ラリー・エリソン氏と新CEOが示す、OracleのAI戦略 企業のプライベートデータ活用で社会課題解決を目指す:Oracle AI World 2025
「産業革命に匹敵する」。米OracleはAIによる変革をそう位置づけ、イベント名を刷新した。データベースの強みを生かし、AIで何を目指すのか。語られたのは、医療から気候変動まで、人類が直面する困難な問題への解決策だった。
米Oracleが2025年10月13日(現地時間)に開催した「Oracle AI World 2025」は、その名称が示す通り、イベントのテーマを全面的にAIにフォーカスした。これまでの「Oracle CloudWorld」からイベント名が変更されたのは、AIによる、産業革命に匹敵する変革に直面しているというOracleの強い認識の現れだ。
シシリア新CEOが語るエンタープライズAIの推進
同年9月に新CEO(最高経営責任者)に就任したマイク・シシリア氏は、CEOとして初めての基調講演に登壇し、「Oracleは、データやインフラ、アプリケーション、信頼(トラスト)を、テクノロジースタックのあらゆる層で統合できる唯一の企業だ」と強調した。
特に、「Oracle Database」は長年にわたり世界の貴重なデータを管理してきた。それが今回「AIネイティブ」なデータベースとなり、全てのデータを保存し、あらゆる活動にインテリジェンスをもたらすという。
Oracleの「AI Data Platform」は、企業が持つ構造化データと非構造化データの両方を、生成AIモデルと組み合わせて利用できるようにする。これにより、企業はデータのセキュリティやガバナンスを犠牲にせず、AIエージェントの作成や分析を実行できるという。これはもともと基幹システムにおける信頼性の高いデータベースの開発実績があるからこそだ。Oracleは既に、そのデータベースを中核に据える「Oracle Fusion Cloud ERP」にも組み込み型AIエージェントを提供しており、それで財務や人事などの業務自動化、効率化で成果を上げているという。
シシリア氏の講演には、エネルギーや旅行、ホスピタリティー、バイオテックといった分野のユーザー企業のリーダーが登壇した。いずれの事例でも「AIは人の仕事を奪うものではなく、業務に革新を起こし人の仕事をサポートするものだ」と強調された。
実際にOracle Databaseのベクトルサーチ機能を使い、生命を救うという社会課題の解決に取り組んでいるのが、ブラジルに拠点を置くBiofy Technologiesだ。ゲストとして登壇した同社のパウロ・ペレスCEO兼共同創業者によると、彼らのミッションはAIを活用して環境と人命救助に貢献するツールやソリューションを開発することだ。
Biofyは、感染症の原因となるバクテリアのDNA配列を抽出し、それをベクトル化する機能を開発した。ベクトル化したデータは、70万を超えるバクテリアDNA情報を含む大規模なベクトルデータベースとしてOracle Databaseに格納されている。
ベクトル化したデータを蓄積したことで、Oracle Databaseのベクトルサーチ機能を使用して、従来は5日間かかっていたバクテリアとその抗生物質耐性の特定を、4時間で実行できるようになったという。感染したバクテリアの抗生物質耐性の情報がいち早く明らかになることで、最適な治療法を迅速に決定できるようになった。
ペレス氏によると、このソリューションの導入により、ブラジルの病院における感染症による死亡率は、約70%から50%まで減少した。将来的にはこれを30%以下まで減らすことを目指している。このデータから得られた知見により、2025年だけで2000人の命を救うことが期待されている。
バクテリアは人に感染した後も変異を起こすが、変異してもベクトルサーチによる類似検索であれば、DNAが完全に一致しなくても似たバクテリアを識別できる。これにより、時間が経過し変異が発生しても、正確な治療方法の特定が可能となる。
このデータベースは継続的に学習を進めており、「スーパーバクテリア」に対抗する新薬開発にも役立てられる見込みだ。新薬開発に必要な期間は、従来の10年から3年程度に短縮することが期待されている。
シシリア氏は一連の変革の道のりを踏まえて、「AIは、単なる機能の追加や技術的な変化だけではなく、顧客対応や優秀な人材の発掘、コスト削減、生産性の向上、イノベーションなど、あらゆる場所でビジネスのやり方を変えている」と強調した。
ラリー・エリソン氏は何を語ったか AI時代の戦略と社会課題解決に臨む姿勢
注目のラリー・エリソン会長兼CTO(最高技術責任者)の基調講演は、予定より開始が1時間遅れライブ中継に変更された。直接ステージには立たなかったものの、エリソン氏は「AIが全てを変える」というテーマの下、予定時間を超えOracleのAI時代のビジョンを熱く語った。
エリソン氏は、AIトレーニングが人類史上最も急速に成長しているビジネスだと認識しつつも、「真に世界を変えるのは、優秀なAIモデルを使い、人類の最も困難で永続的な問題を解決し始めることだ」と述べた。
エリソン氏が特に強調したのは、OracleのAIソリューションが「他とはどう違うのか」という点だ。AIモデルは通常、インターネットの公開データでトレーニングされているが、その価値を最大限に引き出すには、企業が所有するプライベートデータを推論に利用する必要がある。この時、世界中の価値の高いデータの大部分は、「既にOracle Databaseに存在している」とエリソン氏は指摘する。Oracleはこのプライベートデータを格納するデータベースを改良し、AIモデルが推論時に容易にプライベートデータを活用できるようにした。
同社のAI Data Platformは、顧客が選択したマルチモーダルのAIモデル(OpenAIの「GPT」やxAIの「Grock」、Metaの「Llama」、Googleの「Gemini」など)を接続し、公開データだけでなく、企業のプライベートデータの利用も可能にする。「プライベートデータを誰とも共有せず、セキュリティやガバナンスを確保したまま、AIの強力な推論ツールを使いたい」という企業の要望に応える。
Oracle Databaseの優位性の核は、このセキュリティとデータアクセス制御の能力にある。新しいOracle Databaseが「AIデータベース」を掲げるのは、RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)機能を備えているためだ。
RAGは、AIモデルが回答を生成する際に、ベクトルデータを検索し、検索に合致したドキュメントで回答内容を拡張する技術だ。Oracle Databaseは、同製品だけでなく他社クラウドのデータもベクトル化してAIモデルに参照させられる。
AIを活用してヘルスケア領域における社会課題を解決する
OracleはAIエージェントの開発にも注力している。
エリソン氏は特に、ヘルスケア領域への取り組みを強調した。彼が目指すのは、Cernerが試みたような病院や診療所の自動化にとどまらず、患者や提供者、支払者、規制当局、銀行、政府を含むヘルスケア領域のエコシステム全体の自動化だ。
その具体例として、提供者(病院)と支払者(保険会社)を結びつけるAIエージェントが挙げられた。このAIエージェントの目標は、「患者に可能な限り最高のケア」と「そのケアが完全に払い戻し可能であること」を同時に達成することだ。
エージェントはRAGを利用し、最新の医学文献や患者の電子健康記録(EHR)、検査結果といったプライベートデータにアクセスする。これにより、医師が患者にとって最適な治療法を決定するのをサポートする。このエージェントは、保険会社の最新のルールやポリシーにもアクセスし、提案された治療法が完全に保険が適用されて払い戻し可能かどうかを確認する。
これにより、医師は特定のBMIのしきい値を超えた場合に高価な薬が例外的に払い戻されるといった複雑な保険適用のルールを考慮に入れた上で、最善の治療法を選択できる。この自動化により、AIエージェントは「最高レベルの払い戻しが達成可能な最善のケア」を提案し、医師は管理業務から解放され、患者との時間にさらに集中できるようになる。
Cernerの買収以降、エリソン氏がヘルスケア領域に関心が高いことは明らかだ。彼はAI時代の最大の価値提供機会として、新薬開発の期間短縮や、ロボットによる手術、IoT医療デバイスによる自宅での患者監視、AIによる超早期がん診断技術などを挙げている。
エリソン氏が関心を向ける先は医療だけではない。遺伝子編集AIによる農作物のCO2吸収能力向上(バイオミネラリゼーション:生体鉱物化)や、窒素肥料の不要化など、食料安全保障や気候変動といった人類共通の社会課題解決への強いコミットメントも見て取れる。
AIとデータで実際に社会課題を解決することこそがエリソン氏、そしてOracleが目指すところだという。AIは人間を置き換えるのではなく、人間の能力を拡張し、従業員に創造性や戦略に集中する時間を取り戻させるための「人への投資」だとも強調する。Oracleは、AIインフラとアプリケーションの統合によって、より良い世界に向けた具体的な成果を生み始めている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
Microsoft 365 Copilot、ついに“エージェント化” ExcelやWordで複雑なタスクを段階的に処理する新機能
Microsoftは、Microsoft 365 Copilotの新機能「Agent Mode」と「Office Agent」を発表した。ExcelやWordなどのOfficeアプリでAIと対話的に協働し、複雑な業務を段階的に処理・完成できる。
“AIエージェントの次”のトレンドは何か Gartnerが描く未来志向型インフラのハイプ・サイクル
Gartnerは、日本の未来志向型インフラ・テクノロジーに関するハイプ・サイクルを発表した。AIエージェントや完全自動化など9項目を新たに加え、2030年を目標とした産業変革の指針を提示している。
生成AI、進化の鍵を握る「長期思考」 Sakana AIが挑む“人間のように試行錯誤するAI”への道筋
AIの進化は目覚ましく、その活用は日々広がっている。しかし、現在のAIにはまだ苦手な分野がある。それは数週間といった「長期間の思考」を要する複雑なタスクだ。この難題にAI研究の最前線はどう挑んでいるのか。Sakana AIの秋葉拓哉氏に話を聞いた。

