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失敗できない「金融コアシステム」刷新をまさかのAIで? 金融機関“脱メインフレーム”の秘策CIO Dive

当初はAI活用に慎重な姿勢を示していた、金融サービス会社のJPMorgan Chase。AIに対する疑念を“ある工夫”で払拭し、メインフレームで動くミッションクリティカルシステムのモダナイゼーションにAIを生かしている。

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 金融サービスを提供するJPMorgan ChaseのIT部門は、同社が過去何年も、時には数十年にもわたって蓄積してきた「技術的負債」の解消に追われている。技術的負債とは、旧来の設計や実装が複雑さを増し、システムを縛っている状態を指す。レガシー技術への依存はイノベーションを鈍化させ、ビジネス目標の達成を遠ざける。

 「AIは、システムのモダナイゼーションを促進させる役割を果たせる」。JPMorgan Chaseでクレジットカード事業とコネクテッド・スマート事業のテクノロジー責任者を務める、ローマン・アイゼンバーグ氏はこう語る。同社は実際に、社内のミッションクリティカルシステムのモダナイゼーションに、AIを生かしているという。

懐疑的だった「AI」を、なぜ重要システムのモダナイズに生かすのか

 AIに対して「当初は懐疑的だった」とアイゼンバーグ氏は明かす。それなのになぜ、JPMorgan Chaseは、モダナイゼーションへのAI活用に踏み切ったのか。

 アイゼンバーグ氏によると、JPMorgan Chaseにおけるクレジットカード処理のコアシステムは、何十年にもわたって十分に機能してきた。それは同社が「当初から規模と機能の両面で拡張できることを重視して、コアシステムを構築したからだ」と同氏は説明する。このコアシステムは旧来のプログラミング言語でできており、メインフレームで稼働している。

 時がたつにつれて、JPMorgan Chaseの社内では「メインフレームはイノベーションの障害だ」という認識が広がった。同社はメインフレーム関連の人材・スキル不足にも直面しており(注1)、コアシステムの機能を拡張することはおろか、既存機能を維持することさえも容易ではなかった。

 強固なガバナンスとガードレール(運用上の制御策)を整備することで、AI活用による懸念を和らげる――。これがJPMorgan Chaseの採用したアプローチだ。

 AIを使ったモダナイゼーションは、ミッションクリティカルシステムを対象にする場合、業務や顧客の生活に直接影響する、重大な結果を招く可能性がある。AIが生み出すハルシネーション(誤った内容を事実であるかのように生成する現象)のリスクも無視できない。これらを考慮すると、ミッションクリティカルシステムのモダナイゼーションにAIを使うことは「当初は考えられなかった」とアイゼンバーグ氏は語る。

 企業のIT責任者にとって、こうした見方には共感しやすいのではないだろうか。十分なガードレールやプロセスが整っていなければ、AI導入の成果が期待通りにならない可能性があるからだ(注2)。アナリストはAIによるモダナイゼーションなど、AI活用に対して慎重になるよう、IT責任者に強く促している。

 CIO(最高情報責任者)がAI活用の試行を続ける動機は、得られる可能性のあるメリットの大きさだ。AIを活用したモダナイゼーションは、旧態依然としたシステムからの、より迅速な解放に役立つ可能性がある。

 コンサルティングサービスを提供するPublicis Sapientの報告書(2025年5月)によると、ITおよびビジネスリーダーの約80%が、AIコーディングアシスタントによるレガシーアプリケーションのドキュメント化や古いソースコードの改訂(注3)、テストの自動化への貢献を期待している。

 ガバナンスの課題を洗い出し、適切なガードレールを整備したことで、JPMorgan ChaseはAIを生かしやすくなった。実際にAI活用を試行すると「AIが、ビジネスにおける実質的な価値を引き出せることがすぐに分かった」とアイゼンバーグ氏は振り返る。「私にとって、まさにひらめきの瞬間だった」(同氏)

「ハルシネーションがない」と言えるように ガードレールの重要性

 システムのモダナイゼーションは成果が大きいものの、成功させることは容易ではない。調査会社Forrester Researchの調査によると(注4)、レガシー技術のアップグレードの大半は初期段階で失敗している。失敗の原因として、メインフレームを扱える人材の不足やシステム連携の複雑さ、ツールの不十分さなどが挙げられる。

 「当社は間違いを犯すわけにはいかない」とアイゼンバーグ氏は語る。人々はJPMorgan Chaseのシステムを使って食料品を購入したり、保育料を支払ったりしているからだ。同社はモダナイゼーションを迅速に進める一方で、システムを壊してしまうリスクを可能な限り低く抑えなければならない。

 システムを更新する際、JPMorgan Chaseは更新内容を本番環境に反映する前に、サンドボックスで検証することを原則としている。数千万行に及ぶソースコードのリファクタリング(内部構造の変更)が必要となることから、アイゼンバーグ氏らのチームは、まずビジネス価値が最も高いモジュールのモダナイゼーションから優先的に取り組むことにした。

 JPMorgan Chaseのシステムは総じて顧客体験に直結している。それでも一度に全モジュールのモダナイゼーションはできない。そのため同社は価値の高さで優先順位を決め、モダナイゼーションの対象を絞り込むことにした。併せてテスト環境を構築し、ソースコードがどのように動作しているのかを、生成AIツールに説明させるようにしたという。

 アイゼンバーグ氏らのチームは、生成AIツールの出力したドキュメントを基に、最新のプログラミング言語で新しいソースコードを生成し、テストを通じて比較・検証している。生成したソースコードが、既存のソースコードと同じテストを問題なく通過することを確認できれば「見落としがなく、ハルシネーションもなかったと高い信頼度で判断できる」と同氏は述べる。

 新しいソースコードを生成し、テストで既存のソースコードと同等の挙動をすることを確認した後は、人がレビューに関与する。レビュー担当者は、そのソースコードが品質や安全性の面で本番環境に投入できる水準に達しているかどうかを評価し、必要に応じてリファクタリングをしたり、組み込み先のモジュールを変更したりするという。こうした手直しが少ないほど、本番環境への投入可否の判断がしやすくなると、アイゼンバーグ氏は説明する。

 JPMorgan Chaseのクレジットカード部門のチームは、生成AIツールを活用したモダナイゼーションの取り組みを約1年にわたって継続しており、今後も当面は続ける見込みだ。取り組みが終わるのは「メインフレームのソースコードの最後の1行を廃止したときだ」とアイゼンバーグ氏は語る。だが同氏らのチームは、メインフレームの廃止のみで終わらせるつもりはないという。「同様のアプローチが有効なITインフラはメインフレームに限らず、他にも多くある」(同氏)

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