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コスト最優先じゃ乗り切れない 中東情勢緊迫化に耐えるための「IT調達戦略」「新しい乱世」を生き抜くためのIT羅針盤

中東情勢の緊迫化はIT部門と無縁の話題ではありません。特に影響を受ける可能性が高いのがIT調達戦略です。「調達戦略とは製品選定だけの話ではない」言い切る筆者が提示する、IT調達戦略を見直す上で押さえるべき3つのポイントとは。

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この連載について

これまでどの時代でも、時代に適応した者だけが生き残ってきました。

テクノロジーの急速な進化、経済見通しの不透明さ、地政学リスクの顕在化、そして前例なき気候変動――。これまでの経験や常識が通用しにくいこの時代は、まさに「新しい乱世」と言えるでしょう。

今、企業に求められているのは、混迷の中を生き抜いていくために必要な次の一手を見極める力です。

そのための羅針盤となるのが、経営とビジネスを根本から変革し得るエンタープライズITなのです。

本連載では、アイ・ティ・アールの入谷光浩氏(シニア・アナリスト)がエンタープライズITにまつわるテーマについて、その背景を深掘りしつつ全体像を分かりやすく解説します。「新しい乱世」を生き抜くためのITの羅針盤を、入谷氏とともに探っていきましょう。

 中東情勢の緊迫化を受けて、原油価格や為替、サプライチェーンの先行きに不透明感が広がっています。一見すると、ITと距離のある問題に見えるかもしれません。しかし、その余波は海外クラウドの利用料や、サーバやネットワーク機器の調達価格、保守部材の確保、さらにはデータセンターの運営コストにまで及びかねません。IT支出がただちに冷え込むというより、地政学リスクそのものが、IT調達の前提をじわじわと揺るがす形で表れると考えられます。

 地政学リスクがIT調達に影を落とす構図は、今回が初めてではありません。少し前には、第二次トランプ政権の関税政策、いわゆる「トランプ関税」を受けて、多くの企業が価格上昇や調達条件の悪化に直面しました。ただし、筆者は今回の中東情勢の緊迫化を、あの時の単純な再来として捉えるべきではないと考えます。トランプ関税が特定の国や製品、価格に比較的直接作用する政策リスクだったのに対し、今回の中東情勢はエネルギーや為替、サプライチェーンを通じて広く波及する連鎖型のリスクだからです。だからこそ今、企業に求められているのは、地政学リスクを前提にIT調達の考え方そのものを見直すことではないでしょうか。

中東情勢の緊迫でIT調達の「何」が揺らぐのか

 今回の中東情勢緊迫化の影響で警戒すべきは、IT調達を支えてきた価格や納期、保守、利用コストの見通しがじわじわと崩れていくことです。

 まず意識すべきは、エネルギー価格の上昇です。

 原油や液化天然ガス(LNG)の価格上昇により、データセンターの運営コスト、半導体や電子部材の製造コスト、輸送コストなどに波及します。その結果、ハードウェアだけでなく、クラウドサービスの料金にも中長期的に影響が及ぶ可能性があります。オンプレミスであれクラウドであれ、ITはエネルギーコストと無縁ではありません。

 次に無視できないのが、物流と保守の問題です。物流費や保険料の上昇、部材供給の不安定化が進めば、機器の納期長期化や保守部材の確保難が起こりやすくなります。新規導入が遅れるだけでなく、障害時に交換部材が届かず、保守契約があっても復旧が遅れる可能性があります。これは調達の問題であると同時に、運用継続性の問題でもあります。

 加えて、為替を通じたコスト増も見逃せません。日本企業が利用する海外クラウドや海外SaaS、ドル建て保守契約は、円安局面では実質負担が増えます。見積時点では問題なくても、為替変動や利用量増加によって、年度途中に予算を圧迫することがあります。クラウドは初期投資を抑えやすい一方で、変動費の見通しが立てにくい面もあります。

トランプ関税が示した対応のヒント

 では、こうした不確実性に企業はどう向き合えばよいのでしょうか。そのヒントとして振り返りたいのが、トランプ関税時の企業の動きです。当時、企業は様子見に終始するのではなく、調達ルートや契約条件の見直しを進めました。

 アイ・ティ・アール(以下、ITR)が2025年4月に実施した「米国の関税政策にかかるIT動向調査」では、トランプ関税に伴うIT製品・クラウドサービスの調達ルート見直しに関して、「ベンダーとの契約条件の変更」が47%で最も高く、「取引ベンダーの多様化(マルチソース化)」と「社内のベンダー選定基準の変更」がともに46%で続きました。「ハードウェア/部品の在庫積み増し」も有力な対応策として挙がっていました。

 企業は、既存ベンダーとの関係をただちに断つのではなく、契約条件を見直し、調達先を分散し、必要に応じて在庫を確保することでリスクを吸収しようとしていたのです。こうした分散の動きは、ベンダーだけでなく調達先の国や地域にも及んでいます。実際、米国や中国への依存をやや下げる一方で、日本や台湾、欧州、インドなどに調達先を広げる動きが見られました。

 もっとも、今回の中東情勢の緊迫にはトランプ関税と異なる点もあります。トランプ関税は、影響範囲が比較的見えやすく、契約条件の見直しや調達先変更に落とし込みやすい政策リスクでした。一方、今回の中東情勢の緊迫は原油やLNGの価格、為替、物流、サプライチェーンなどを介して広く波及する連鎖型のリスクです。だからこそ、トランプ関税時の教訓を踏まえつつも、今回はより広い視点でIT調達戦略を組み直す必要があります。では、具体的に何を見直すべきなのでしょうか。

これからのIT調達戦略に必要な「3つの視点」

 筆者は、IT調達戦略を見直す上で押さえるべきポイントは3つあると考えます。

1.  調達先を分散し、依存先を「見える化」する

 まず取り組むべきは調達先を分散し、特定の国やベンダー、販路への依存を減らすことです。重要なのは、単にベンダー数を増やすことではありません。サーバやネットワーク機器、端末、保守部材、ソフトウェア、クラウドごとに、どこに依存が集中しているかを可視化することです。重要機器が一社調達になっていないか、交換部材が特定地域に依存していないか、運用基盤が特定クラウドに寄りすぎていないかといった棚卸しをする必要があります。

 全てを二重化するのは現実的ではありません。しかし、少なくとも「代替候補がない状態」は避けるべきです。地政学リスク時代の調達では、最安値よりも代替可能性の確保が重要になると考えます。

2. 契約とコスト管理を見直し、変動に耐える仕組みを持つ

 次に見直すべきは、契約とコスト管理の在り方です。これまでのIT調達では導入時の価格が重視されがちでしたが、今後は価格そのものより、価格がどのように変動する可能性があるかを考える必要があります。為替変動時の取り扱いや価格改定条件、納期遅延時の責任範囲、保守部材確保の考え方などを、契約でできるだけ明確にしておくべきです。

 また、海外クラウドやSaaSについては月額単価だけでなく、円安局面で年間総額がどれだけ変わるかを試算する必要があります。長納期品や重要拠点向け機器については、必要に応じて前倒し調達や戦略在庫も検討すべきです。調達戦略とは製品選定の話だけでなく、コスト変動に耐える契約設計の話でもあると筆者は考えています。

3. 調達と設計を一体で考え、出口を確保する

 最後に重要なのが、調達とシステム設計を一体で考え、将来の「出口」を確保することです。どの製品を選び、どのクラウドを使い、どのベンダーの仕様に依存するかは、将来の調達自由度を大きく左右します。特定ベンダーの独自仕様やライセンス体系に深く依存していれば価格が上がっても、条件が変わっても、簡単には切り替えられません。

 この点は、連載第2回で取り上げた「VMware」製品に関する問題からも明らかです。Broadcomによる買収後、製品体系やライセンス条件が大きく変わったことで、多くの企業は、自社の仮想化基盤が1つのベンダーに強く依存していたことを改めて認識しました。問題は単なる価格上昇ではなく、出口を持たない構成そのものにあったのです。

 これは今回の地政学リスクの議論にも通じます。外部環境の変化であれ、ベンダー戦略の変更であれ、企業が苦しくなるのは他の選択肢が見つからないときです。特定のソフトウェア製品やクラウドへの過度な固定化を避ける、移行しにくい独自仕様への依存を減らす、重要システムでは代替構成を想定しておく――。こうした設計が、調達の自由度を守ります。

IT調達戦略を経営課題へ引き上げよ

 地政学リスクは、今後も中東に限らず、さまざまな形で現れるでしょう。重要なのは、次にどこで何が起きるかを正確に予測することではありません。価格上昇や供給不足、納期遅延、為替変動、ベンダー戦略変更のいずれが起きても、自社が調達の選択肢を失わない状態をつくることです。

 これからの調達に求められるのは、複数の選択肢を平時から確保しておくことです。そしてそれは、IT部門の現場対応にとどまるものではありません。どの領域に投資を優先するのか、どのリスクを許容し、どの依存を減らすのか、どこまでを在庫や代替策で備えるのか。こうした判断は、経営レベルの意思決定そのものです。

 そして、それを具体的な調達戦略に落とし込むには、IT部門だけでは難しいと思います。ITリーダーは調達部門や購買部門とは条件面を、財務部門とは予算や為替影響を、事業部門とは優先すべき業務や許容できる停止範囲を、さらに経営層とはどこまでをリスクとして許容するのかを平時からすり合わせておく必要があります。

 だからこそ、IT調達を単なる購買やコスト最適化の問題として扱うのではなく、事業継続性や投資判断、ベンダー依存、技術基盤の将来性を含む経営課題へと昇華させるべきです。地政学リスク時代のIT調達戦略とは、安く買うための工夫ではありません。不確実性が高まる中でも企業が打ち手を失わないための経営戦略として位置付けるべきだと、筆者は考えます。

筆者紹介:入谷光浩(アイ・ティ・アール 取締役 / プリンシパル・アナリスト)

IT業界のアナリストとして20年以上の経験を有する。グローバルITリサーチ・コンサルティング会社において15年間アナリストとして従事、クラウドサービスとソフトウェアに関する市場調査責任者を務め、ベンダーやユーザー企業に対する多数のコンサルティングにも従事した。また、複数の外資系ITベンダーにおいて、事業戦略の推進、新規事業計画の立案、競合分析に携わった経験を有する。2023年よりITRのアナリストとして、クラウド・コンピューティング、ITインフラストラクチャ、システム運用管理、開発プラットフォーム、セキュリティ、サステナビリティ情報管理の領域において、市場・技術動向に関する調査とレポートの執筆、ユーザー企業に対するアドバイザリーとコンサルティング、ベンダーのビジネス・製品戦略支援を行っている。イベントやセミナーでの講演、メディアへの記事寄稿の実績多数。

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