成功するS/4HANA刷新の進め方 「RFP」「拠点展開」「アドオン削減」の攻略法:「SAP 2027年問題」を再定義 手遅れを防ぐ初動と対策
S/4HANA移行の成否は、構想策定後の実務をいかに完遂するかにかかっている。本稿では「RFP作成」「拠点展開の順序」「アドオン削減」という3大課題の対策を解説する。2030年の最終期限まで5年を切る中、移行難民を回避し事業継続リスクを脱するための具体策を示す。
この連載について
SAPの「2027年問題」の真のタイムリミットは保守期限ではなく、移行を担う「SAPコンサルタントの枯渇」にある。本寄稿連載は、ベンダーに放置される「移行難民」を回避するための初動から、成否の8割を握る構想策定の極意、RFP作成やアドオン削減を巡る業務部門との対立といった生々しい実務の壁を突破するための具体策を、全3回にわたって解説する。
これまで第1回、2回にわたり、「SAP ECC 6.0」(以下、ECC 6.0)利用企業に向けて早めの行動を起こすべきと提言してきた。第1回では深刻なコンサルタント不足を、第2回ではプロジェクトの方向性を決める「構想策定」の重要性と、取り得る方向性やタイミングを見定める必要性について説明した。
最終回となる本稿では、「SAP S/4HANA」(以下、S/4HANA)導入プロジェクトを構想策定から要件定義へとフェーズを進める際、多くの企業が直面する3つの課題とその対策について踏み込んで解説する。
加藤浩章氏(日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ株式会社 グローバルコンサルティングプラクティス統括本部 コンサルティングパートナー)
べリングポイント(現PwCコンサルティング)、山九、野村信託銀行、あずさ監査法人、EYストラテジー・アンド・コンサルティング(EYSC)などを経て2024年から現職。
主に製造、金融、物流の国内およびグローバル企業におけるERP導入やIT中期経営計画の策定など業務とシステムの構想段階から要件定義までのコンサルティングに従事。その他、工場における製造現場の状況を踏まえた原価計算の再構築や決算早期化、内部統制対応までシステムから業務コンサルティングに至る幅広い経験を有する。
課題1.RFPが書けない
本稿は、構想策定から要件定義へとフェーズが移行するタイミングを想定しているが、実務上、RFP(提案依頼書)を作成する時期は企業によってさまざまだ。構想策定の実施段階で作成する場合もあれば、開発フェーズの開始に合わせて作成する企業も存在する。
RFPを作成する目的は、ベンダーから提案されたタスクや金額、期間の妥当性を判断することにある。ユーザー企業にとっては、複数社からの提案を比較検討することで、自社のニーズに最も合致したベンダーを選定するための重要なプロセスとなる。
こうしたプロジェクトに不慣れな企業はRFPを作成する機会が少なく、筆者もECC6.0ユーザー企業から「RFPが書けない」という悩みをよく耳にする。RFPを作成、提示できても、ベンダーの提案内容を適切に比較、検討できないという声も聞く。
プロジェクト運営の経験が乏しいユーザー企業にとって、RFPへの対応は困難な場合も多い。そのため、RFPの作成はもちろん、選定における評価軸の設定や選定作業に伴う実務についても、コンサルティングベンダーのタスクとして包括的に依頼することは可能だ。
課題2.テンプレートを決められない
SAPを利用するのは大企業が中心であり、国内の複数の子会社や事業部、あるいは海外の複数の拠点でECC 6.0を利用しているケースが多い。これらの企業では、各拠点がバラバラに要件定義や開発をしたわけではない。多くの場合、特定の拠点で開発したシステムを「テンプレート」として定義し、それを他の導入対象へ横展開する手法で構築している。S/4HANA化においても、テンプレートを開発してグループ会社に導入するのが一般的だ。
ここで重要となるのが、テンプレートの「起案拠点(会社・国)」をどこにするかという選定だ。対象拠点が販売のみか製造も含むか、事業規模の大小、さらには日本特有の商慣習のような複雑なビジネスフローの有無などを多角的に考慮しなければならない。また、テンプレート作成後にどのような順序、手法で横展開するかも、併せて検討すべきだ。
取引パターンの少ない小規模な拠点をテンプレートにする場合、開発の難易度が低く失敗しにくいというメリットがある。一方で、取引が多種多様な大規模拠点へ横展開する際に、テンプレートにない機能をゼロから検討し直さなければならないというデメリットがある。
では、最初から大規模拠点をテンプレートにすればよいかというと、今度は要件定義から開発までの期間が極めて長期化し、プロジェクトのスピードが鈍るという課題に突き当たる。
日本本社のみが突出して事業規模が大きい場合は、まず小規模な拠点でテンプレートを構築し、他拠点への展開を進める。それと並行して、本社側ではそのテンプレートをベースに要件定義し、不足している取引パターンなどを追加、開発する手法が有効だ。
また、本社以外にも大規模な拠点があるなら、まずは小規模拠点で型を作り、その横展開を進める裏で、大規模拠点用のテンプレートを別途作成して展開するアプローチも考えられる。いずれにせよ肝要なのは、S/4HANA化において失敗のリスクを最小化できる手法はどれか、自社の状況に照らして模索することだ。
課題3.アドオンを減らせない
ECC6.0のユーザー企業ではアドオン数が数百〜数千という企業が大半ではないだろうか。このアドオンをFit To Standardで減らしたいという企業や、既存の業務を優先するためにアドオンの本数を維持する企業も存在する。
そこで連載の締めくくりとなる本稿では、Fit to Standardによってアドオン削減を目指す企業が直面する課題と、その具体的な対応策について整理したい。
まず、なぜアドオンが開発されるのか、その理由を再確認したい。ECC 6.0の導入においてアドオンが必要となるのは、主に2つのケースがある。
一つは、日本の商慣習への対応だ。例えば、銀行が提供するファームバンキングデータをSAP標準機能では直接読み込めないといった、標準ではカバーしきれない日本特有の仕様を補うケースだ。もう一つは、自社固有の業務プロセスがSAPの標準機能に適合せず、業務の遂行を優先してアドオンで対応するケースだ。
前者は日本で業務を遂行する上で不可欠なアドオンと言えるが、後者は本来、業務フローを見直すことで回避可能なものだ。つまり後者は、自社の既存業務のやり方を優先させた結果として開発されたアドオンだ。
第2回でも触れたように、事業部門のユーザーは現場の効率性や利便性を高めるために試行錯誤を重ねてきた。現行業務の利便性がアドオンによって実現されている場合、S/4HANA化においても当然のように同様の機能を要望する。
そのため、彼らはプロジェクト方針としてのFit to Standardには総論で賛成するものの、いざ自分たちの業務の利便性を犠牲にするとなると、アドオン削減という選択肢を容易には受け入れられない。事実、要件定義の段階で個々のアドオンの要否を確認する際、現場が積極的に活用しているアドオンを(現場主導で)削減できたプロジェクトに、筆者はこれまで出会ったことがない。
この状態を回避するためにも、S/4HANA化プロジェクトでは、業務部門のメンバーがプロジェクト推進の主体となり、Fit To Standardの理解とその推進役を担う体制の確立が必要だと考える。
早急な検討の開始を改めて推奨
全3回の連載を通じて、「2027年問題」を巡る現状や、S/4HANAへの移行検討において取り組むべき事項、注意点を解説してきた。現時点でもまだ着手できていないユーザー企業の存在についても触れたが、本稿を機に、早急に何らかの検討を開始することを改めて強く推奨したい。
S/4HANAへの刷新、あるいは新規導入を検討している企業は数多く存在する。その大半が大規模かつ複雑なシステム構造を持つため、プロジェクトの難易度は高く、SAPコンサルタントの不足は一過性のものでは終わらない。今後もリソースの争奪戦が続くことは明白だ。
しかし、2030年の最終期限までは、まだ5年弱の猶予が残されている。今すぐアクションを起こせば、まだ対応は間に合い、事業継続上のリスクも十分に回避可能だ。
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