「遅れることは許されない」 NVIDIAファンCEOが断言する、AIエージェントによるビジネス構造の激変:「Adobe Summit 2026」現地レポート
AIの役割は検索・要約から、自律してタスクを完遂するエージェントへと進化した。NVIDIAのジェンスン・ファン氏が、Adobeとの提携による制作の自動化や、AIが人間の「伴走者」となる新たな雇用、生産性のパラダイムシフトを語る。
「AIはこれまで『知っている』だけの存在だった。しかしこれからは、初めて『仕事をする』存在になる」――。
NVIDIAの創業者兼CEO、ジェンスン・ファン(Jensen Huang)氏は、Adobeの年次カンファレンス「Adobe Summit 2026」のステージに登壇し、AIエージェントがもたらす時代の転換をこう定義した。進化の速度は目まぐるしいが、同氏は「早すぎることを恐れる必要はない。だが、遅れることは許されない」とビジネスリーダーたちへ警鐘を鳴らす。
NVIDIAとAdobeが構築する「次世代のマーケティング量産体制」
初日の基調講演でAdobeのCEO、シャンタヌ・ナラヤン(Shantanu Narayan)氏とファン氏が対談した。両氏の関係は25年前、ナラヤン氏がファン氏を食事に招待した時にさかのぼるという。ファン氏はNVIDIAのマーケティングの仕組みをAdobeで構築したことも明らかにした。
両者は以前から提携関係にあり、2026年3月にNVIDIAが開催した年次開発者会議「NVIDIA GTC 2026」では、提携を3Dデジタルツインを活用したマーケティングコンテンツ制作に拡大することを発表した。
NVIDIAは「Omniverseライブラリ」(3Dデータの相互運用規格OpenUSD、物理ベースレンダリングエンジンRTX、クラウドストリーミング基盤「Omniverse Kit App Streaming」)を提供し、専用ハードウェアなしにクラウドで高精度なデジタルツインを運用できる環境を実現する。
Adobeはブランド専用の広告画像を生産できる「Firefly Creative Production for Enterprise」を中核に、マテリアル管理ツール「Substance 3D」や映像レビュープラットフォーム「Frame.io」、コンテンツ管理基盤「Adobe Experience Manager」を組み合わせ、3D専門知識がなくてもマーケターが大規模な制作ワークフローを回せる環境を提供する。
Adobe Summitでは、この協業の具体的な成果として2点が発表された。1点目は、Adobe Firefly Creative Productionにおける3Dデジタルツインソリューションの一般提供開始だ。
これは、製品の形状や素材、考え得るバリエーションを仮想空間上で精巧に再現する「デジタルツイン」を活用するものだ。これを起点に製品1点1点のカタログ用画像を自動生成したり、AIが作り出した多様なシーンに製品を違和感なく合成したり、さらには顧客がWebで色やパーツを自由に組み替えられるシミュレーターを構築したりできる。結果として、チャネルをまたいで一貫したブランド品質を保ちながら、コンテンツを大量生成できる。
2点目は、「Adobe CX Enterprise Coworker」(以下、CX Enterprise Coworker)への「NVIDIA OpenShell」(以下、OpenShell)および「Nemotron」の統合だ。CX Enterprise Coworkerは顧客の行動や市場の反応をリアルタイムで検知し、状況に合わせて最適な施策を提案・実行する。ここにNVIDIAのOpenShellが組み合わさることで、AIの動作を安全な隔離領域(サンドボックス)内に制限し、企業のルールに沿った制御を可能にする。
ファン氏は頻繁に「ファクトリー」という言葉を使うが、ここでも「われわれは現代のマーケティングファクトリーを一緒に構築している。クリエイティブプロセスから3Dオリジナルデザインアセット、デジタルツイン、Firefly Foundryでのブランド固有AIモデルの構築、オペレーション、キャンペーンの効果測定まで、全体をカバーするファクトリーだ」と提携の意義を表現した。
SaaSのフロントエンドはエージェントになる
対談では両社の関係の他、SaaS、AIの進化と仕事への影響などにも及んだ。まずSaaSについて、ファン氏はその在り方が根本から変わると指摘する。
これまでソフトウェアは、メニュー操作やファイルの読み込みなどの画面操作を通じて利用されてきた。「『Photoshop』の機能のうち、私が使いこなせているのは7%程度だろう」とファン氏。しかし、エージェントはユーザーの意図を理解し、ツールの全機能を引き出す存在となる。
「SaaSのフロントエンドは全てエージェント化される。人間はツールと直接対話するだけでなく、エージェントを介して、あるいはエージェントとコラボレーションしながら仕事を進めることになる」とファン氏は予測する。
エージェントの登場はソフトウェアのシートライセンス(利用する人数や台数ごとに料金を支払う契約方式)そのものを変える。人間のユーザーに加え、AIエージェントによるツール使用が加わることで、企業内のソフトウェア利用量は急増する。
ファン氏は「AIエージェントが普及する前に、Adobe製品のサイトライセンス(企業向け一括契約)交渉をしておいて正解だった。今後、社内での利用量は爆発的に増えるだろう」と予想する。「これまで企業のソフトウェアはシート数という制約の中で使われてきた。しかしエージェントが加わることで、社内のツール使用量は急増している」。
AIと雇用の関係を考える鍵 「仕事の目的とタスクを分けて考える」
仕事におけるAIと人の関係については、放射線技師を例に話した。「約12年前、ディープラーニングがコンピュータビジョンに初めて適用され人間を超えた時点で、研究者たちは放射線科医はAIに淘汰される職種だと予測した」とファン氏。
現実はどうか。「100%の放射線科がAIに支援されている。コンピュータビジョンは完全に人間を超えた。そして放射線科医の需要は増えた」と」とファン氏。
理由はこうだ。「放射線科医の仕事の目的は、臨床医や医師、患者と連携して疾患の診断を助けることだ。AIがスキャンの読影を担うようになっても、仕事の目的そのものはなくならない」とファン氏、「仕事の『目的』と『タスク』は切り分けて考える必要がある」と続けた。
AIによってスキャンの読影が速くなった結果、放射線科医はより多くのスキャンをオーダーできるようになった。患者の受け入れが速くなり、病院はより多くの患者を診られるようになり、放射線科医の需要は増加した。関係者全員がWin-Winの関係になっている。
同様のことがソフトウェアエンジニアにも起きているとファン氏は話す。NVIDIAではソフトウェアエンジニア全員がエージェントの支援を受けており、実験サイクルが速くなったことでかつてなく忙しい状態だという。
「以前は時間がなくてできなかった問題に取り組める。より多くのエンジニアが互いにコラボレーションし、新しいアイデアを生み出している」
ファン氏は2026年2月にDassault Systemesのイベント(「3DExperience」)に出席した際、「コンパニオン」という概念を語った。AIコンパニオンはユーザーの知識や感性、専門性を蓄積するプライベートな存在であり、「33年分の知識が私のメールボックスに蓄積されているように、将来は自分のコンパニオンがその知識を学んで寄り添ってくれる」と述べた。エージェントは人間の代替ではなく、人間の能力を増幅する存在だという主張だ。
コンピューティングは「検索」から「生成」へ
コンピューティングそのものの在り方も根本から変わりつつある。ファン氏はそのパラダイムシフトを次のように説明する。
「これまでのコンピュータは、事前に記録されたものを検索・取得するモデルだった。クリエイターやエンジニアが事前にアイデアを記録し、レコメンダーというフィルターで検索・取得する。これが今日のコンピューティングのほぼ全てを定義している」
これが次のように変わるという。「将来、ブランドが提供するのはオリジナルアイデアの『種』だ。高度にコントロールされ、ブランドアイデンティティーを正確に体現したその種を起点に、顧客がコンテンツに触れるたびに生成AIがリアルタイムで処理する」。
これにより、その顧客の言語で、その国の文化で、その人の興味関心に合わせた形で、コンテンツは都度生成・提示されるという。結果として、同じブランドのコンテンツであっても一人一人が全く異なる体験をするとファン氏。
ただし、その実現には「グラウンドされた情報」(根拠となる正確な情報)が不可欠だとファン氏は強調する。「ブランドの真実、デザインの真実、オリジナルアーティファクトの真実が起点になければならない」。
ファン氏はAIの進化を、「知るから行動へ」と表現する。これまでのAIは「知っている」ことに価値があった。人はAIに聞き、要約や資料作成に使ってきた。だが、「最終的に対価を払うのは、仕事が成し遂げられることに対してだ」と同氏は言う。生成AIが情報を理解して返答するフェーズから、エージェントAIが実際に作業を実行するフェーズに変わりつつある。
変化は早い。だが、企業は手をこまねいていられない。AIはPCやインターネット、クラウドといった過去の進化と同様に生産性を向上させる、スケールは桁違いであり、不可能を可能にする要素を持つ。「早すぎることを恐れる必要はないが、遅れることは許されない」とファン氏は述べた。
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