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AIで揺れた転職市場、なぜ情シスは「決まらない」のか 2026年の転職を阻む3つの構造:久松剛のIT業界裏側レポート

AIの台頭で揺れた2026年の転職市場。情シスの求人は減っていないのに、経験を積んだ人ほど転職が決まらない逆転現象が起きている。背景にある3つの構造をひもとき、情シス経験者が市場に見つけてもらうために何をすべきかを考える。

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この連載について

DX推進、生成AI技術の進化が加速する今、企業のIT部門は戦略的な役割への変化が求められ、キャリアの転換点に立たされています。この現状を変え、真に企業価値を高める部門となるには新たな戦略が必要です。

本連載では、博士としてインターネット技術を研究し、情シス部長、SRE、エンジニアマネジャーとしてIT組織の最前線を知る久松剛氏が、ニュースの裏事情や真の意図を分析します。一見関係ないニュースもIT部門目線の切り口で深掘りし、IT部門の地位向上とキャリア形成に直結する具体策を提示します。

「久松剛のIT業界裏側レポート」のバックナンバーはこちら

 AIの台頭により、ソフトウェアエンジニアの転職市場が大きく揺れた1年でした。未経験市場はほぼ消滅し、新卒採用についても見直しが進んでいます。では、AX(AIトランスフォーメーション)にせよDXにせよ「従業員がAIを使えるようになる」ための土台を整える情シスの転職市場は、どうなっているのでしょうか。

 結論から言えば、情シスの求人自体は減っていません。にもかかわらず、経験者ほど転職が決まらない状況が生まれています。本稿では、2026年9月時点の情シス転職市場を3つの構造から整理し、候補者として何をすべきかを考えます。

求人はあるのに決まらない、2026年の情シス市場

 まず前提として、情シスの業務範囲はとても広いということがあります。

 PCからスマートフォン、オンプレミスからクラウド、プログラミングやセキュリティ、さらには社内規定の整備まで、守備範囲は極めて広い。そしてそれを全てできる候補者はほぼ存在しませんし、全てを1人に求める企業も(本来は)ありません。双方の凸凹をマッチングさせることで転職が円滑に進むわけですが、実際にはそこまでシンデレラフィットすることはまずありません。結果として、候補者も企業もどこかで妥協することになります。

 2025年秋の時点では、情シス採用の論点は主に「企業側がなぜ採れないのか」でした。業務範囲が広がり続け、それを担える人材が見つからないという構造です。それから約1年が経過し、情シスのマッチングはさらに難しくなっています。しかも、候補者側にとって不利な方向に難しくなっているのが特徴です。

情シス転職をややこしくした3つの構造

 難易度を押し上げている要因を、3つに分けて整理します。

SaaSをはじめ、氾濫したツールとその「利用レベル」

 2020年から3年ほど続いたコロナ禍はIT業界に好景気をもたらしました。いわゆる“コロナ禍の金余り現象”といわれるもので、投資家の資金がニューノーマル(新しい働き方や生活様式)の名の下にスタートアップ、特にSaaS企業へ流れ込みました。

 その結果として起きたのが、企業のバックオフィスに複数のSaaSが複雑に入り込んでいる状況です。会計、人事労務、勤怠、経費精算、コミュニケーション、ID管理、デバイス管理、セキュリティ製品。同じ用途のツールが部署ごとに別々に導入され、統廃合されないまま残っているケースも珍しくありません。

 ここで厄介なのは、職務経歴書に書かれるSaaSの名前が同じでも、その「利用レベル」が全く異なる点です。あるSaaSを「アカウント発行と棚卸しだけ運用していた」のか、「SCIM(ID情報を自動同期する標準規格)連携を設計して他システムと権限を統合した」のか、「契約交渉とコスト最適化まで担当していた」のかで、実務の重みはまるで異なります。しかし求人票にも職務経歴書にも、書かれるのはツール名だけということが多い。ここが最初のすれ違いになります。

AIの台頭

 「ChatGPT」が公開されてから4年近くがたちます。各社でAI導入による業務効率化が活発化し、その結果として情シスの仕事はむしろ増えました。

 導入済みのSaaSは、いつの間にかAI機能を搭載しています。管理者が気付かないうちにデータが外部モデルに送られる設定が既定で有効になっていることもあります。そして、エンジニア以外の従業員もAIを使い始め、簡易なツールやアプリを自作し始めました。この管理もまた情シスが担当することが多いのです。

 シャドーITの定義そのものが変わったと言ってもよいでしょう。かつては「情シスの知らないSaaS契約」でしたが、いまは「情シスの知らない業務ロジック」がノーコードやAIで各部署に量産されています。AXを推進するほど、統制すべき対象が増えるという構造です。ここで生まれた業務は、既存の職務経歴書の語彙では表現しにくいという問題も抱えています。

セキュリティの比重

 前述したAIの台頭に伴い、AIを利用したセキュリティ攻撃も増加しているとみられます。実際にどの程度がAIによるものかは明らかにされていませんが、情報漏えいの事案は日々発生しています。攻撃側にとってAIエージェントによる自動化はROI(投資対効果)が計算しやすく、これまで標的になりにくかった中堅企業やツール連携のハブも「攻撃する価値がある」対象へ変わりつつあります。

 こうした中、SCS評価制度(サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度)の運用開始が近づいています。経済産業省と内閣官房国家サイバー統括室が整備を進め、情報処理推進機構(IPA)が運用を担う制度で、2026年3月に制度構築方針が公表され、★3・★4は2026年度末の運用開始が予定されています。要求事項は★3で26件、★4で43件とされ、★4は第三者による実地審査と技術検証を伴います。

 ここで押さえておきたいのは、ISO/IEC 27001(ISMS)を取得していても★3や★4の評価が免除される規定はないという点です。ISMSで整備した文書を証跡として活用できる可能性はあっても、評価は個別で実施されます。つまり「うちはISMSを取っているから大丈夫」が通用しません。取引先から取得すべき★の段階を提示される立場の企業では、情シスの仕事がまたしても増えることになります。

マッチングコストが高過ぎる職種になった

 こうした背景を踏まえると、企業が求める条件も、情シス候補者の経験の幅も、ともに広がり続けていることが分かります。そして広がり方が企業ごとにバラバラなので、マッチングの難易度は上がる一方です。

 もともと情シスの転職を得意とする人材紹介会社は非常に少数でした。それが2026年になり、さらに減少しています。理由はシンプルで、情シスは候補者のスキルセットの棚卸しも、企業が求めるスキルセットの棚卸しも難しいからです。

 エージェントの立場で考えてみます。ある候補者が「『Microsoft 365』と『Microsoft Intune』の運用経験あり」と書いていたとして、それが企業の求める水準に届いているのかどうかを判断するには、両者に深く踏み込んだヒアリングが要ります。1件当たりの工数が重い。つまりタイパが悪い。

 その割に採用人数は1人や2人です。他職種のように「1人決まったら同じ要件で数名決まる」ということがなく再現性が利きません。加えて、エンジニア職のように人材紹介フィーの値上げも起きにくい職種です。つまりコスパも悪い。

 結果として、人材紹介会社にとって情シスは「タイパもコスパも悪い職種」と認知されている節があります。私自身、エージェント各社と話していても、情シス案件を積極的に取りにいく話はほとんど聞きません。

ポテンシャル枠に紹介が流れ、経験者が取り残される

 では紹介会社が情シスから完全に手を引いたかというと、そうではありません。振る舞いが変わったのです。

 大手人材紹介会社では、未経験・微経験層を相手に「情シスポテンシャル枠」としてひたすら数を紹介するアプローチが取られています。ポテンシャル層であれば企業側も難しい要件を立てないため、決まる可能性があるからです。要件が緩いということは、エージェント側の目利きコストも下がるということでもあります。

 ここに逆転現象が生まれます。経験が浅い層には紹介のチャネルが残る一方、経験者層ほどエージェント経由のルートが細るのです。経験者は要件が具体的で、企業側の期待値も高く、想定年収も高くなるため、1件当たりの難易度が跳ね上がります。「自分は10年やってきたのに紹介が来ない」という状況は、能力の問題ではなく流通構造の問題である可能性が高いということです。

 この点は、候補者が戦略を立てる上で決定的に重要です。情シス経験者は、そもそもエージェント任せでは市場に見つけてもらえない前提に立つ必要があります。

情シスはどう転職すべきか

 情シス経験者層のマッチングは非常に難しい。その上で、打てる手はあります。

 まず職務経歴書です。何に取り組んできたかをしっかりと記載することが必要になります。特に業務効率化などは、before/afterで工数や金額の削減を定量的に訴えなければ伝わりません。「ヘルプデスクの効率化を推進」では何も言っていないのと同じです。「月間の問い合わせ400件のうち、パスワードリセット関連の120件をIDaaS(クラウド型のID管理サービス)のセルフサービス化で解消し、月30時間を削減した」まで書いて、ようやく比較可能な情報になります。

 前述の通り、ツール名の羅列も避けたいところです。どのツールを、どの深さで、どこまでの裁量で扱ったのか。設計をしたのか、運用をしたのか、選定と契約交渉をしたのか。この3つは別のスキルです。書き分けることで読み手が勝手にレベルを推測せずに済みます。

 その上で、期待できるチャネルはスカウト媒体とリファラルです。

 スカウト媒体については、しっかりとプロフィールを記入することが必要です。最近ではAIによるスカウトツールを回している企業や、検索にヒットした人に対して機械的にスカウトを送る媒体も増えています。つまり、最初の接点は人ではなく検索エンジンやモデルになっているということです。SEOと同じく、検索されるキーワードを意識して書くのがポイントになります。製品名は略称と正式名称を併記する、「ゼロトラスト」「ID管理」「SaaS管理」といった役割の言葉も入れておく。地味ですが効きます。

 リファラルについては、情シス向けに時折開催される勉強会やコミュニティーに出入りし、友人知人を増やしてチャンスをうかがうのがお勧めです。情シスは社内に閉じた仕事になりがちで、社外に知り合いがいないまま10年が経過することも珍しくありません。ただしこれは時間がかかる方法です。転職の予定がないときから仕込んでおく必要があります。

情シスの転職は、自分の仕事を「棚卸し」できるかで決まる

 2026年の情シス転職市場を整理すると、求人がないわけでも、情シスの価値が下がったわけでもありません。むしろAIの普及とセキュリティ要件の厳格化で、情シスの重要性は上がり続けています。

 問題は、その価値を翻訳して流通させる仕組みが市場に存在しないことです。企業も候補者も自分の要件を言語化できず、その翻訳を担うはずのエージェントは経済合理性から手を引いている。だから求人はあるのに決まらない、という状態が生まれます。

 この構造が当面変わらないとすれば、翻訳を自分でやるしかありません。何にどの深さで取り組んできたのかを、定量的な成果と「設計」「運用」「選定」といった役割の言葉で棚卸しすること。それをスカウト媒体で検索される形に置き直すこと。そして、評価してくれる人と平時からつながっておくこと。

 AIネイティブ時代の情シスは、社内のAI活用を支える土台そのものです。その土台を担ってきた経験は、言語化さえできれば確実に市場価値があります。決まらないのは、あなたの経験が足りないからではなく、まだ誰にも読める形になっていないからかもしれません。

著者プロフィール:久松 剛氏(エンジニアリングマネージメント 社長)

 エンジニアリングマネージメントの社長兼「流しのEM」。博士(政策・メディア)。慶應義塾大学で大学教員を目指した後、ワーキングプアを経て、ネットマーケティングで情シス部長を担当し上場を経験。その後レバレジーズで開発部長やレバテックの技術顧問を担当後、LIGでフィリピン・ベトナム開発拠点EMやPjM、エンジニア採用・組織改善コンサルなどを行う。

 2022年にエンジニアリングマネージメントを設立し、スタートアップやベンチャー、老舗製造業でITエンジニア採用や研修、評価給与制度作成、ブランディングといった組織改善コンサルの他、セミナーなども開催する。

Twitter : @makaibito


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