副社長西田の深刻な悩み
翌朝、天海は副社長の西田に呼ばれ、副社長室の応接ソファで西田と対話していた。
西田 「天海くん、キミから見た同業他社の最新動向について、聞かせてもらえないか」
天海 「はい。今期上半期の売上高の比較から申し上げますと……」
西田 「あぁ、数字はいいんだ。今日わしが話をしたいのは、各社のコアコンピタンスについてだ。トップを走るユウヒビール、それを猛追するキラリビール、一歩遅れてホテイビール、そしてサンドラフト。どうだ、われわれの上位にいる3社は、いまどんな武器を持って戦っていると思うかね」
天海 「ご質問の意図を確認させていただきたいのですが、シェアや売上高の話ではなく、社風や営業上の強み、弱みの評価ということでしょうか」
西田 「まぁ、そんなところだ。分かっていると思うが、ビール業界ってのは長い歴史があるが、戦後の高度成長期にいまの4強がシェアをほぼ独占した後は、30年以上にわたって均衡状態が保たれている。昨今の銀行や生損保といった金融業界をはじめとして、業界再編の波が次々と訪れておる。わがビール業界は長い間無風状態が続いていたが、それももう長くは続かんよ。これから先、サンドラフトがどうやって生き延びていくか、きちんと考えておかんとな」
天海 「ユウヒの強みは何といっても圧倒的な販売力と、鮮度良く製品を届ける物流力です。キラリは古くから築いてきた販売店網と営業、生産、販売部門の強力な組織力と商品ラインアップ力。ホテイはオーナー会社としての結束力と機動力、顧客志向を強調した多品目戦略を展開していますが、こちらは身の丈に合わない戦略でここ5?6年でシェアを大幅に下げ、当社はそこに切り込んでシェア拡大を仕掛けているところです。来期は主力のビールチャネルで単年度のシェア逆転を目指しています」
西田 「なるほど。各社各様だが、それらの中で、最もサンドラフトに足りないと思うものは何だと思うかね」
天海 「そうですね……組織力、結束力、物流力、販売力……」
西田 「はっはっは、そんなにあっては上位社にはとてもかなわんなぁ」
天海 「……」
西田 「いいかね、天海くん、サンドラフトに一番足りないものは、結束力だよ。みんな自分のことで精いっぱいになっておる。今度の新生産管理システムプロジェクトの進ちょくを聞くに、みんなバラバラのようじゃないか。縦割り組織の見本のような状況だとは思わんかね」
天海 「……」
西田 「何とかしなければ、もうあまり時間はないぞ、天海くん」
西田は温和な表情をこわばらせて、天海に鋭い視線を浴びせると、窓の外に目をやった。
西田 「……いまのままでは、サンドラフトの未来はない。変わるのはいまが最後のチャンスだよ」
天海は、いつになく思い詰めた表情をしている西田を、無言のままじっと見詰めていた。
西田 「おお、それはそうと、あれから坂口とはうまくやっているか? ……あいつを引き抜いたりするなよ。まだまだいまの部署でやってもらわにゃならんことがたくさんあるからな」
天海 「副社長は彼に何を期待されているのでしょうか。システム開発のノウハウではないような気がしますが……」
西田 「あいつはな、魂が良いんだよ、魂が。サンドラフトを変えられるくらいの強い魂を持っている。キミも気付いているんだろう?」
天海 「(西田さんには完全に見透かされてしまってるわ……)私はどのように彼と接すればいいのでしょうか」
西田 「キミにはあいつに営業の本質を教えてやってほしいんだ。それと、当社の強みと弱みを分からせてやってほしい。あいつにできるだけたくさんの情報を渡してやってくれ」
天海 「分かりました。副社長」
天海が副社長室から出て行くと、西田は電話をかけた。
電話の相手は、マキシムアンドコンサルタント社の豊若だった。
西田 「豊若くん、例の企業訪問の件だがな、良さそうなところは見つかったかね」
豊若 「はい、西田さんのおっしゃるとおり、ホテイグループの生産管理システムは他社とは違った特色があります。顧客志向を前面に押し出した非常に分かりやすい業務プロセスを構築しています。逆に情報システムはこれといって新技術や目立った仕組みはなく、20年以上前に開発した古い基幹システムがいまも稼働しています。一見、ユウヒやキラリの最先端の情報システムとは見劣りがするものの、システム面ではコストをぎりぎりまでセーブしたシンプルな機能で動いています。中でもホテイビール傘下のホテイドリンクは、唯一本体とは独立したシステムを保有していますが、親会社の風土を受け継いで、業務プロセスは秀逸です。一方、情報システムは本体より新しく、昨年、RFIDを一部試行的に導入した実績があります」
西田 「どうかね、ホテイドリンクは参考になりそうかね」
豊若 「はい、全社的な業務プロセス構築のノウハウは、サンドラフトに足りないものを補ってくれる可能性が十分あると思います」
西田 「そうか、いつもすまんな。それじゃあ、坂口を行かすとするか」
西田は電話を置くと、秘書を呼んだ。
西田 「悪いが、佐藤専務にすぐに来てくれと伝えてくれんか」
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