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ユーザーの「思い」は、1つだけではない隠れた要求を見極める!(3)(1/2 ページ)

システムは、1人だけが使うものではない。そこにはさまざまな立場のステークホルダーが存在し、それぞれが異なる問題意識を持っている。そうした状況を整理し、正確に把握するにはどうすればよいのか?

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顧客側の意見がバラバラなのは、当たり前

 前回は、要求定義を行う際に有用な思考ツールとして、XYZ公式をご紹介しました。今回は「リッチピクチャー」というツールを取り上げます。

 まずは前回に引き続き、結婚相談所を営む顧客へのシステム提案のケースを用いて説明していきましょう。以下のケーススタディをご覧ください。

 あなたはいま、「会員に対するアドバイザーのカウンセリング時間が少ない」という課題に取り組んでいます。適切なシステム要求を抽出するためには、課題をしっかり把握した上でソリューションを提案しなくてはなりません。あなたはこの「カウンセリング時間が少ない」という課題の状況をより具体的に理解するために、関係者にヒアリングを行うことにしました。

 まずこの結婚相談所のオーナーである社長に、なぜカウンセリング時間が少ないことが問題であるのかを尋ねました。

「カウンセリングは、わが社のなかでも大切な業務なんです。会員の悩みに対して親身になって相談に乗る。これがわが社のモットーで、温かいサービスを心掛けるよう、いつも社員にいっています。カウンセリングは会員と直接応対する大切な場ですからね。だから、カウンセリングに十分な時間がとれないということは、非常に切実な問題だと感じているんですよ」

 さらに、カウンセリング業務の主役であるアドバイザーに、現状の業務を行うに当たって何が問題となっているのかを聞いてみました。

「最近の会員数の増加で、カウンセリングに割ける時間は本当に少なくなっています。カウンセリングを行うためには、準備が必要なんです。例えばですね、会員さま同士のお見合いがあると、何日か後にフォローのカウンセリングを行います。私たちアドバイザーは通常お見合いに同席することはありませんので、弊社のお見合い担当者から結果のフィードバックを受け、その結果を参考にしながらカウンセリングメニューを組み立てます。ところが、お見合い担当者と直接打ち合わせをする時間がなかなかとれません。これをメールなどで済ませたりしてしまうと、お見合いの状況や結果もなかなかうまく伝わりませんし、そうなってしまうとアドバイザーから会員さまにちゃんとしたアドバイスができなくなってしまいます」

 社長とアドバイザーの両者の意見を聞いた後、あなたはそれぞれで問題意識の所在が異なるように感じました。いろいろな課題が絡み合っているようですが、その中から問題の根を発見してお客さまに示さねば、とあなたは思いました……。


 いかがでしょうか。カウンセリング時間の減少という共通の課題について話していながらも、社長とアドバイザーとでは、その課題に対する思いに若干相違がありそうです。

 顧客から要求を引き出していく過程では、ヒアリングが欠かせません。ところが、ヒアリング先の部署によって意見が異なる、ということは日常茶飯事です。この例では問題を分かりやすく表現していますが、実際にはもっとたくさんの部署で、もっと多様で複雑に絡み合った問題について話し合われているはずです。

 システムを受注するSIerの立場からすれば、「きちんと社内で意見を統一してから私たちに依頼してください」という声があるかもしれません。その意見は、ある意味では正論です。しかし、もし顧客側で初めからきちんと意見がそろっていて問題が分かっているのであれば、きっとその会社は独力で問題を解決してしまっているでしょう。要求は分からないからこそ、探し出して定義しなければいけないのです。

リッチピクチャーで状況を表現する

 ではここで、下の図をご覧ください。この図は、前述の例で挙げた状況を絵に表現して整理したものです。

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図1 結婚相談所の状況を表現したリッチピクチャー

 この絵から、どのような印象を受けましたか? たかがポンチ絵、と侮ることはできません。前述の文章に書かれていた内容が一目瞭然で理解できるだけでなく、さらに新しい発見もあります。

 つまり、社長はカウンセリングこそ最も大切な業務と考え、しっかりとカウンセリング時間を確保しようと考えています。ところが、この課題にはカウンセリングの「質」という別の側面があることも、絵の中に描かれたアドバイザーの声を通して分かります。時間に関する問題は現象として目に見えやすい問題ですが、質の低下という問題は表面に表れにくいものです。しかし、親身なカウンセリングを売りにしたいという社長の方針を実現するためには、「時間」だけではなく「質」にも目を向けなくてはならないでしょう。

 このような絵を「リッチピクチャー」と呼びます。リッチピクチャーは前回ご紹介したXYZ公式と同様に、SSM(ソフトシステムズ方法論)で用いられるツールです。その名のとおり、情報の豊かな(リッチな)1枚の絵(ピクチャー)であり、この絵を見れば文章だけで状況を伝えるよりも、より多くの情報を直感的に訴えることができます(なお、ソフトシステムズ方法論については本記事では解説を行いませんが、興味のある方は以下の記事などを参照してください)。

 なおSSMでは、課題に取り組む初期段階でリッチピクチャーを作成します。リッチピクチャーを描くことによって、それを描いた人物がどのように課題をとらえているのか、という主観的な解釈を表現し、課題に取り組むプロジェクトの参加者間で緩い共通認識を醸成します。簡単な絵で直感に訴えて共通認識を醸成するところに、リッチピクチャーの特徴があります。

 リッチピクチャーを作成するに当たっては、特に堅苦しい文法や表記法はありません。その人の感じている課題や状況をほかの人に伝わるように、ありのままに表現すればいいのです。何を書いてもルール違反ということは一切ありません。問題認識が伝わりさえすれば、絵でも、写真でも、グラフでも、数式でも、言葉でも、何を使って表現してもいいのです。とはいえ、「まったく自由に描いてください」といわれても初めは戸惑いますので、もう少し手掛かりを用意したいと思います。

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