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頑固オヤジを口説くには美人広報を使え目指せ!シスアドの達人−第2部 飛躍編(19)(2/4 ページ)

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一歩上の高みを目指して

 翌日、坂口は関係者を集めて緊急会議を開いた。新しい職位での自己紹介が済んだ後に坂口が口火を切った。

坂口 「西田副社長から、商品の納期短縮は今回のプロジェクトでの至上命題だといわれました。私自身は、現状の体制とリリース時期ではとても無理だと進言していますが、それではプロジェクトリーダーとして存在価値がありません。ぜひ、皆さんのお力をお借りして少しでも実現に近づくための解を見付けたいと思います。ご協力お願いします!」

 いままでと違って、少し肩の力が抜けた坂口の発言に、メンバーが坂口の本気度をあらためて感じていた。最初に反応したのは名間瀬だった。

名間瀬 「坂口室長、差し出がましいと思いましたが、昨日までのプロジェクトの進ちょく内容をまとめてリストアップしたものをお見せしたいのですが、よろしいでしょうか」

坂口 「名間瀬さん、ぜひお願いします」

 名間瀬は、手際よくプロジェクターにパソコンをつなぎ、プロジェクトソフトを使いながら、遅延している作業とその課題を指摘した。

 あの個人情報漏えい事件前のたどたどしい操作とは別人のようであり、相当の努力をしたことがその操作からも見てとれた。また、プロジェクトソフトの機能を巧みに使い、スコープとタイム、コストを分かりやすくまとめていた。どうやらPMP取得を通して、マネジメントの勘所を身に付けたらしい。

名間瀬 「大きなポイントは、スコープとタイムのバランスです」

伊東 「スコープ???」

名間瀬 「簡単にいうと、要求されたシステム機能に対して、開発時間が足りないということですよ」

 名間瀬が伊東のために分かりやすく言い換えたのに、メンバーは驚いた。あれだけしゃくし定規だった名間瀬が柔軟に対応することは、名間瀬が変わったと認識するには十分だった。驚くメンバーを尻目に名間瀬は話を続けた。

名間瀬 「通常、このような場合は機能削減をするか、リリース時期を延ばすか、リソースである人員を増やすかの3択が考えられます。しかし、先ほど室長がいわれたように、機能削減は難しく、リリース時期を延ばすこともマスコミ発表から考えて厳しい状況にあります」

八島 「しかし、社内に人材はもういないぜ。外部に依頼するには依頼書をまとめるだけ、時間の無駄だよ」

名間瀬 「八島主任のおっしゃる通りです。だから、皆さんのお力をお借りして解決策を見付けたいと、室長がいわれているのです」

八島 「う〜ん、結局、おれたちに頑張れっていうのが関の山じゃないの? 何か良いこと聞けるのかって思って参加したけど、時間の無駄だね。取りあえず、こっちはやれることをやるだけだから」

 八島はそういうと席を立ち、坂口の制止も聞かずにシステム部に戻っていった。名間瀬はひと呼吸置くと話を続けた。

名間瀬 「八島主任のいわれるように、皆さんのお力をお借りすることは事実です。しかし、ただ頑張れと声援を送るのではなく、落とし所を見付けるために、各担当部署へのヒアリングを再度行っていただき、商品納期短縮のための最短ルートを見付けていただきたいのです。まずは、各自の役割分担を室長からご説明します。ヒアリング項目の案についてはこちらにご用意したものをご覧ください」

 そういうと名間瀬はヒアリング項目を書いた紙を配り始めた。

 坂口は名間瀬の手際の良さに驚きながら、西田の「使う」という言葉の意味をあらためて感じていた。坂口と名間瀬は大した打ち合わせをしていなかったのだが、役割分担は坂口も考えていたことだった。

 その役割分担の中で、名間瀬の位置付けが極めて重要になるため、みんなにどう認識してもらうか悩んでいたのだ。いまの話で坂口は自信を深めた。

坂口 「私が考えている案は、情報分析と各担当との連絡、情報収集は名間瀬さんにお願いしようと思っています。全体指揮および副社長への報告、スケジュール管理を私が担当し、全体を偏りなく見渡せるようにします。伊東くんは引き続き、業務担当として関係部署を回ってください。その際には、名間瀬さんが用意したヒアリング項目を使って効率よく動けるようにし、事前調整は私が行います。加藤さんには佐藤専務とのマスコミ対応を主に担当していただきながら、システムの進ちょく状況や真意について、社内報を通じて各部署に広報していただきたいと思っています。なお、その広報内容や手法については、松嶋さんにアドバイスをお願いします」

 松嶋は加藤に「よろしくね」と小声とウインクで合図した。隣にいた伊東がウインクにどぎまぎして危うく椅子からずり落ちそうになったのはいうまでもない。これだけは、どうしようもないなと坂口は横目で見ながら話を続けた。

坂口 「豊若さんには、私と名間瀬さんのサポートを中心に、皆さんの相談役になっていただきたいと思っています。八島さんには情報システム部との調整役をお願いしたかったのですが……。これは保留としておきます。何かご質問はありますか」

 豊若はいつもと違う坂口をうれしそうに見ていた。答えとして満点とはいえないが、自分なりの80点を見付け、みんなに示したのだ。いままでのように、経験者のいいなりになるのではなく、自分が主体となって周りを「使って」動いていくことを実践し始めたのだ。

 松嶋も豊若のうれしそうな顔を見ながら、自分も加藤を育てようと心に決めていた。伊東も議事録を取るので夢中だったが、自分も重要な役割を与えられたことに気付き、天にも昇る思いだった。

伊東 「坂口しっ、室長。ぼく頑張りまっしゅ!」

 いきなり立ち上がると直立不動のまま最敬礼をする伊東に、一同笑いながらも坂口の案に反対する者はいなかった。

坂口 「それでは、ヒアリング項目について名間瀬さんから説明をしていただき、内容を確定しましょう」

 名間瀬にバトンタッチすると坂口は周りを見渡し、自分がいままでよりずっと余裕をもってメンバーと接していることに気付いた。そして、いままで気負い過ぎで周りが見えていなかったことを、あらためて実感するのだった。

 名間瀬のヒアリング項目は的を射ており、ほとんど修正することなくメンバーに了承された。時間がないこともあり、ヒアリングは名間瀬と伊東で分担して行うこととなった。いつもなら坂口も加わるところだが、八島との調整に時間がかかると判断し、2人に託したのだ。それぞれの能力を最大限に引き出すことが自分の役割であることを、心に刻んだ坂口であった。

 その晩、坂口は豊若といつものバーにいた。

豊若 「今日は見違えるようだったな。何かあったのか?」

坂口 「いえ、ただ女神が背中を後押ししてくれているんです」

豊若 「女神って、誰のことだ?」

 坂口は谷田のことを思い浮かべながら照れ笑いした。

坂口 「いや、別に……」

豊若 「まぁいい。それで、システム開発はどのように進めるつもりなんだ」

坂口 「そのことなんです。これ以上の機能追加は、現場に混乱を起こすだけだと思うんです。しかし、機能追加なしに、商品の納期短縮が実現できるとも思えません」

豊若 「普通なら、いまの開発要件で一度システムを完成させ、いったんリリースし、その後に機能追加に着手するのがセオリーだろうな」

坂口 「それなら、納期を短縮することはできません。だから、豊若さんに相談してるんです」

豊若 「せっかくほめたのに……。それじゃ以前と同じだぞ。自分で答えを見付けるんだ。100%でなく、80%のな。相談するというのは、答えをもってその答えに自信を持ちたくて話すことだ。答えを求めるのは相談とはいわないぞ」

 豊若の厳しい一言に、ハッとした坂口はその場で一礼するとそのまま、バーを出て行った。豊若は残りの水割りを飲みながらつぶやいていた。

豊若 「いまの壁を突き破れば本物になれる。頑張れよ、坂口」

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