コンプライアンスは勉強するもんじゃない:読めば分かるコンプライアンス(14)(1/2 ページ)
今回は、前回に掲載した小説部分で取り上げた常駐先の企業の仕事ぶりによっては、知らず知らずのうちに偽装請負になってしまう場合のコンプライアンス問題について、筆者が分かりやすく解説する。
コンプライアンスは知識の問題ではなく、意識の問題だ
編集部から
本編では、第13回に掲載した小説パートに登場したコンプライアンス問題を解説しています。前回の小説パートを未読の方は、ぜひお読みになってから参照されると、より理解が深まると思います。ご一読ください。
コンプライアンスを学ぶときには、ある種の落とし穴がある。
例えば、業務命令であるセミナーに出席して「独占禁止法」を習得しなければならないことになったとする。
その場合、多くの人は「独占禁止法は専門的な知識の体系であって、法律の専門家が専門的な知識を教え授けてくれるのだから、その知識を理解して頭に詰め込めばいい」と考えるだろう。「独占禁止法」を学ぶときは、それは正しいアプローチである。
企業人がコンプライアンスを習得しようとするとき、上述のようなアプローチをイメージする傾向が強い。「コンプライアンスとは、法律に似た専門的な知識の体系であって、コンプライアンスの専門家が専門的な知識を教え授けてくれるのだから、その知識を理解して頭に詰め込めばコンプライアンスを理解することができる」というイメージを持つのである。しかし、そのようなアプローチで臨んでも、コンプライアンスは理解できない。むしろ、そのようなアプローチで臨むと、余計に理解しにくくなる。
なぜなら、コンプライアンスとは、知識ではなく意識の問題だからである。コンプライアンスを理解するということは、専門家が教え授けてくれる専門的な知識を頭に詰め込むことではなく、自社のもうけ続ける環境を維持するため=ステークホルダーの信頼を失わないために、やるべきことを行い、やるべきでないことは行わないという意識(このような意識を、私は“コンプライアンス意識”と名付けている)を持つことだからである。
もうけ続ける環境は企業によって異なる。従って、もうけ続ける環境を維持するための「やるべきこと」や「やるべきでないこと」も異なる。
例えば、ホテルとテレビ局とでは、経営環境はまったく異なっており、ホテルにおいては利用客からの収入で成り立っているため、利用客のクレームはコンプライアンス上、極めて重大な事柄となる。一方、テレビ局の場合、視聴者はユーザーではあるが広告収入で成り立っているため、ユーザーからのクレームよりも広告主からのクレームを重視するだろう。
すなわち、コンプライアンスの具体的な内容は、それぞれの企業が「自己の経営環境を踏まえて独自に定めるべきもの」であって、弁護士や公認会計士などから教え授けてもらうものではないのである。
コンプライアンス意識の素(モト)
企業経営においてコンプライアンスが実現されるということは、「社長から新入社員に至るすべての役員・従業員がコンプライアンス意識を身に付けて、やるべきことを実行し、やるべきでないことを回避/改善し、それによってステークホルダーおよび世間の信頼を維持していく」状態をいう。
そのようになるためにはどうすればよいだろうか。どのようにすれば、すべての役員・従業員がコンプライアンス意識を身に付けることができるだろうか。
「こうすれば必ずコンプライアンス意識が身に付く」という絶対的な方法というものはないだろうが、コンプライアンス意識を育む代表的な要素としては、法令知識と社内規則が挙げられるだろう。
「コンプライアンスとは法令遵守だけではない」ということも事実だが、コンプライアンスの中心的な内容が法令遵守であることにも変わりはない。
法治国家たる日本において法令を遵守することは当然のことだし、法令に違反することはステークホルダーからの信頼を損なうことになる。法令を知っていれば、自社のもうけ続ける環境を維持するため=ステークホルダーの信頼を失わないための「やるべきこと」と「やるべきでないことが見えてくるのである(もちろん、「コンプライアンスとは法令遵守だけではない」というフレーズが示唆する部分も重要であることに変わりはない)。
しかし、法令を学ぶというと、「面倒だ」「難しそう」「時間がない」などといって敬遠する企業人が多いのではなかろうか。
確かに、日常の業務活動においては法律というものを実感することはないかもしれない。しかし、企業活動の一挙手一投足はすべて何らかの法律の対象になっているといっても過言ではなく、従ってわれわれ企業人も、常に何らかの法律にかかわっているのだから、日々の仕事を正しく行ってコンプライアンスを実践するためには、法令学習を敬遠してはいられないのである。
かといって、企業人は法学部の学生ではないのだから、法律を専門的に深く詳しく学習する必要はない。自分の仕事に関係のある法律の名称と制定趣旨を知っていれば、必要かつ十分だといえるであろう。
例えば、「独占禁止法という法律は、優位的立場や不公正な取決めに基づく不公平な取引を禁止し、公平な取引の実現を目的としている」というレベルの知識で十分なのである。そうすれば、例えば業者との交渉で何らかの条件を要求しようとするとき、「このような条件を要求することは、独占禁止法に引っ掛からないかな?」というセンサーが働くようになる。このようなセンサーが重要なのである。センサーさえ働けば、後は詳しく知っている人(または部署)に結論を確かめればいいのである。このようなセンサーが備わっていないと、そのつもりもないのに法令違反の地雷を踏んでしまうことになるのだ。
ただし、役員に求められる法令知識のレベルは、法律の名称や制定趣旨だけでは足りない。会社の意思決定は役員の責任において行われるものであり、役員は会社の意思決定が法令に違反していないことについて法的に責任を負っている。法令に違反した意思決定が実施された場合、役員は善管注意義務違反・忠実義務違反の責任が問われることになり、法律を知らなかったとしても、それは責任を免れ得る理由にはならない。従って、役員は、企業活動に関連する法律を深く詳しく知っておく必要がある。
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