ついにやった! 伊東の大ニュース
その日の夜、IT企画推進室のメンバーは、新宿にあるサンドラフトサポート本社ビル近くの居酒屋を貸し切りにして、プロジェクトの関係者、約30名を集めての打ち上げ会を開催していた。
IT企画推進室の坂口、名間瀬、伊東、広報室の加藤、情報システム部の八島、谷橋、小田切、システムエンジニアたち、営業企画部の天海、サンドラフトサポートの谷田、氷室、深田、福山、製造部の藤木、マキシムの松嶋、そして先月退職したばかりの松下も顔を出していた。
テーブルにはサンドラフトの季節限定新商品の生ビールが中ジョッキで用意され、営業企画部長の天海が乾杯の音頭を取って宴会がスタートした。坂口は、参加メンバー1人1人の席を回り、今回のプロジェクトに対する感謝の気持ちを伝えた。坂口の心のこもった言葉に誰もが笑顔で応え、宴会会場は和やかなムードに包まれていた。
会場をぐるりと一周してきた坂口が、最後に声を掛けたのは松下だった。松下の結婚退職の話は谷田から聞いて知っていたが、松下と直接話をするのは久しぶりだった。
坂口 「松下さん、ご結婚おめでとうございます! どうですか? 新婚生活は」
松下 「あぁ、ありがとう。まぁ、気楽にやってるわ。それにしても、坂口やったね〜。あんたは偉いよ! さすが私が見込んだだけの男だよ」
坂口 「ありがとうございます! 松下さん、俺、仙台から異動してきたばかりのころ、松下さんに叱られたこと、いまでも覚えてますよ。あの1件ではいろいろ勉強させてもらいました」
松下 「あぁ、あのころは私も頑固だったから……。あのころは私にモノ申してくるやつなんていなかったから、私もちょっとむきになっちゃったのよねぇ。いま思えば笑っちゃうわね。私の方こそ、あんたにはいろいろ教わったわ」
坂口 「正直、松下さんとの1件で、業務改革の基本を知ることができたんです。まずは現場をとことん知ることが大切なんだってことを」
松下 「あんた、今日はやけに謙虚ね、飲みが足りないんじゃない? 私にそんなことをいう暇があったら、伊東をもっとビシバシ育ててやんなさい! あいつ、最近ずいぶん評判いいみたいだから、いまが鍛えどきよ!」
坂口は、「そういえば、伊東をきちんと労っていなかったな」とハッとして、隣の席で八島たち情報システム部のメンバーと楽しそうに話をしている伊東に声を掛けた。
坂口 「伊東、お前もよく頑張ったな! IT企画推進室が立ち上がったころと比べたら見違えるように立派になったぞ!」
伊東 「そ、そんなことないですよ。坂口さんがぼきゅを見捨てずにいてくれたおかげで、何とかここまでやってこれたんです……」
そういいながら、伊東は「やっと声を掛けてくれましたね」といわんばかりに鞄の中から封筒を取り出した。
伊東 「坂口さん、今日はニュースがあるんですよ!」
坂口 「え? なんだい? ニュースって」
伊東 「へへへっ……。実は、ぼ、ぼきゅ、合格してしまいました〜!」
伊東は取り出した封筒から紙を1枚取り出すと、頭上に高らかと掲げた。それは初級シスアド試験の合格証書だった。
坂口 「おおっ! 伊東! ついに合格したのか!」
伊東 「はい! 合格しました〜」
伊東は満面の笑みを浮かべた。周りにいた八島や谷橋たちが「おおっ!」と一瞬どよめいたが、どよめきはすぐに祝福の拍手へと変わった。
坂口 「よかったなぁ、最後の初級シスアド試験だぞ。……それにしても俺たちへの発表のタイミングがちょっと遅くないか? 合格発表って2カ月前くらいだっただろ」
伊東 「実は、あのころは仕事が忙しくて……。家に帰ってもそのままバタンキュウの日々が続いていたんで……」
坂口 「そうか……。合格発表どころじゃなかったもんな」
伊東 「それで、これが届いたことも実は気が付かなくて……。昨日、偶然古新聞をちり紙交換に出そうと部屋を掃除していたら、古新聞の間からポロっとこれが出てきたんです」
坂口 「あきれたやつだなぁ……。危うくちり紙に交換しちゃうところだったわけだ」
伊東 「は、はい、そういうことです!」
隣のテーブルで谷田と談笑していた加藤が2人の会話を聞きつけて声を掛けてきた。
加藤 「伊東さん、合格したんですか!? おめでとうございます! よかったですね!」
伊東 「か、加藤さん、ありがとうございます、た、谷田さんも」
谷田 「伊東さん、よかったね。一生懸命勉強した甲斐があったね」
加藤と谷田に両脇から祝福され、伊東の顔が緊張で真っ赤になった。
伊東 「あ、ありがとうございます。ぼ、ぼきゅは幸せです!」
八島 「やるねぇ伊東くん、クラサバが何のことか分からなかった君がまさか合格するとはね〜、じゃあ、次は僕と一緒にITストラテジスト試験でも受験しようかぁ」
加藤 「ねぇ、それじゃあ提案!」
加藤はそういうと、谷田と坂口にひそひそと話しかけた。谷田と坂口は「OK!」と指で○を作った。
伊東 「な、何ですか? いったい」
加藤 「伊東さんの合格祝いに、私たちで手料理を作って差し上げるわ、ね、谷田さん」
谷田はにっこりほほ笑んだ。
伊東 「ええっ!?」
坂口 「伊東、お前、すごいぞ、加藤さんの手料理なんて大金払っても食べられないぞ!」
伊東 「ほ、ほ、ホントですか? ぼ、ぼきゅのために……」
伊東は驚きと嬉しさで思わず涙目になった。
加藤 「伊東さん、今回のプロジェクトで大車輪の活躍だったじゃないですか。私、一緒に配送センターや工場を訪問して、伊東さんのひたむきに仕事に打ち込む姿、ずっと見てました。プロジェクトを成功に導いたのは伊東さんの力が大きいですよ。それに、こうやってしっかり試験にも合格して……。伊東さんのそういうしっかりと結果を出すところ、私、とっても好きですよ」
伊東 「!!!!」
加藤の褒めちぎりぶりに坂口と谷田はポカンと口を開けた。伊東の頭の中では、加藤の言葉がぐるぐると回っていた。
「……私、とっても好きですよ……。とっても好きですよ……。好きですよ……」
恍惚とした伊東に谷田が声を掛けた。
谷田 「それじゃあ、来週の土曜日、会場は私の家で……ね。坂口さん、いいでしょ」
坂口 「もちろん!」
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