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ERPの“事業仕訳け”でIT予算をもっと有効に!ERPリノベーションのススメ(8)(2/3 ページ)

IT予算が厳しく制限されているいまこそ、ITシステムの構築・運用上の無駄を徹底的に見直そう。ベンダやコンサルタントの意見に振り回されることなく、本当に必要なものを明確化できる自社ならではの判断基準を持とう。

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何が無駄で、何が必要なものなのか、明確な基準を!

 3年以内に3割のIT費用削減――この難題を解決するため、情報システム部門は「まず現状をしっかりと見直してみよう」と考えました。そこで年間IT費用の内訳を精査してみたのです。

 H社の場合、ERPパッケージで稼働する生産管理システムの運用コストが全予算の約4割を占めていました。その内訳を見ると、ERPパッケージのソフトウェアライセンス保守料とサーバの保守料、そして最もコストが掛かっているのは運用保守に当たる人件費だと分かりました。運用にかかわる要員は、半分がERP導入ベンダの常駐保守要員で、残り半分は他システムの保守を兼務している情報システム部員です(一般に、ERP導入企業の多くは運用保守を外部ベンダに委託するケースが多く、社内要員だけで運用をまかなえている企業はごく少数です)。

 次いで、全体の3割を占めていたのが販売管理システムの運用コストです。内訳を見ると、やはり最も多いのは人件費でしたが、こちらは全員が情報システム部員でした。

 残り3割の内訳は、会計パッケージで構築された経理システムやそのサブシステム、電子メールやグループウェアといったコニュニケーション関連システム、そしてクライアントPCやプリンタなどの運用コストでした。

 さて、情報システム部門は最低3割のコストカットのために、こうしたIT費用からどのようにして無駄をそぎ落とそうと考えたのでしょうか? 引き続き事例に戻りましょう。

事例:H社のIT投資戦略〜解決編〜

 まず検討したのは、全IT費用の4割を占める生産管理システムの費用削減であった。毎年支払うERPパッケージのソフトウェア保守料は、契約上減らせないためカットすることはできない。しかし、毎年必要に応じて追加でライセンス契約を増やしていた。この費用に着目して、現状のライセンス使用実態を精査し、本当に必要な最低限のライセンス数を工場の担当者とひざ詰めで洗い出した。その結果、追加購入予定だったライセンス購入費用をゼロに抑えることができたのである。これまでは、現場担当者から要望があればそのまま予算計上していたが、実際に精査してみると必要性が低いにもかかわらず安易に追加購入していたケースが多いことが分かった。

 ERPのバージョンアップ作業については、数社の中から最も見積もり額が安かったベンダに依頼し、生産管理システムのアドオン開発やインターフェイスの検証作業は自社の要員で行うことで費用をカットした。

 コストカットの最大のポイントとなったのは、常駐していたベンダの保守契約を全面的に見直したことであった。ERPベンダの常駐サポート要員を他システムの保守と兼務していた情報システム部員に引き継がせ、 ERPの運用保守専任としたのである。ベンダによる保守はリモートサポートによるサービスに切り替えた。いわば、新規IT投資の凍結が運用保守体制の内製化と要員の専任化を実現し、これによって全IT費用の1割削減を見込むことができたのである。

 ただ、ERPのバージョンアップと、仮想環境への移行が必要な販売管理システムについては、サーバの購入が避けられない。加えて、それぞれ作業を施した後も運用管理作業の内容に大きな変化があるわけではなく、ERP運用管理の内製化以外の面でのコスト削減は期待できそうもなかった。特に販売管理システムは、経営状況が回復すれば真っ先にシステムの再構築を行う必要があり、仮想環境への移行は一時的な延命策に過ぎない。それを考えればわずかでも新規投資は抑えたいところだった。

 これを仮想環境への移行を提案したベンダに相談したところ、「仮想環境を、ERPも含めたすべてのシステムに適用してはどうか」というアイデアが出された。各拠点に分散配置されている物理サーバを、仮想化技術を使って本社データセンターの大規模な物理サーバ1台に集約し、一括管理するのである。管理するハードウェアを減らすことで運用管理を効率化し、運用コストを削減しようというのであった。

 3つのシステムを対象とするため、この施策には規模の大きなサーバが必要であり、多額の初期費用が掛かる。しかし、運用コストを試算したところ、課題であった全IT費用の残り2割のコストカットを実現できる可能性が見えてきたのである。

 「今回の課題はこれで解決か」――そう思われたのだが、問題はまだ残っていた。各システムとも、求めるサービスレベルやパフォーマンス、安定稼働に必要なリソース使用量がそれぞれ異なっており、ベンダが提案してきた規模の仮想環境を実現しようとすると想定した物理環境ではリソースが足りないことが分かったのである。特にERPを使っている生産管理システムについては、求めるサービスレベルを満たせなくなる可能性が高いことが判明した。

 生産管理システムに必要なサービスレベルを基準にサーバ統合を行うためには、当初の予定よりさらに大規模なサーバやストレージが必要となる。仮想化レイヤが加わることで管理が複雑化することを考え合わせると、運用管理の手間やコストが増えることも避けられなかった。

 工場の現場担当者と情報システム部門は何度も議論を重ねたが、結局「販売管理システム、経理システム、生産管理システムを、すべて仮想環境で稼働させる」というベンダの提案は、限られた予算や個々のシステムの特性を考えていない机上の空論であると判断した。そして、生産管理システムについては個別にサーバを調達し、仮想化によるサーバ統合の対象から外すことにして、施策を実行したのである。


 その後、あらためて運用コストを試算してみると、計画どおり、運用保守体制の内製化と要員の専任化で全IT費用の1割、および仮想化によるサーバ統合で、同じく1割強の運用コスト削減を実現する目処が立った。しかし、3割削減にはやはり届きそうもなかった。

 だが、今回の課題を通じて情報システム部門は1つの教訓を得ていた。「これからは業務が止まらない必要最低限のシステムの稼動条件を数値で決める」ということである。これまではベンダの提案をそのまま現場担当者へ提示して、異論がなければそれが仕様となっていた。しかし、現実にはオーバースペックだったり、実現したい機能に対して微妙に仕様がズレていたりするものがあった。「なぜ、その仕様にしなければならないのか」という議論が、現場担当者と情報システム部門で十分にできていなかったと分かったのである。

 特に、工場の現場担当者とのひざ詰めの議論から得た見解が、本当に必要な機能や仕様を見極める“ITシステムの事業仕訳け”を行うための試金石となった。現場担当者の意見を基に、システムの機能やサービスレベル、パフォーマンスに具体的な境界線を決めることで、見過ごされていた無駄や費用対効果が見えてきたのである。

 そのため、残り1割の削減についても見通しは明るかった。その後、この“事業仕訳け”のやり方ですべての既存システムの運用体制や必要な機能、求めるパフォーマンスなどを調べたところ、従来のシステム運用作業にまだ見直せる余地があることが分かった。特に日常的に繰り返している作業に、本来行う必要がなかったり、より効率的に行える作業が多数見つかった。こうした作業の時間削減が残業や休日出勤を見直すきっかけとなり、それによる人件費の削減が、そのままITコスト削減につながることが期待できた。試算したところ十分に残り1割を超えることが分かり、目標達成のメドを立てることができたのである。


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