NHKがVOD商用トライアルにコンテンツ提供――そのもたらす意義(2/2 ページ)
NHKのコンテンツがIPベースで、ビデオ・オンデマンド(VOD)に提供されることになった。キラーコンテンツを数多く持つNHKが登場してきたことで、懸案事項であった権利処理の解決が進み、VOD需要の拡大を加速させる可能性が出てきた。
歌舞伎を撮った番組についての二次利用をするに当たって、役者はもちろんのこと、その後方で三味線を弾いたりしている地方(じかた)の人たちとも個別に権利処理をする必要がある。一人一人の権利料は、2円、3円という水準のようである。仮に、年収一千万円の放送局社員が、一人一人全員の交渉を終えるのに一週間もかかったとしたら、間違いなく採算割れになってしまう。
IPで流すための権利処理の難しさには、そうした一面があることも忘れてはなるまい。その点の手間がかかるという問題については、NHKも民放も同様に苦労するところだ。しかし、是非論を別にすれば、NHKの方が製作・著作をすべて持っている形を採っているものが多いこと、人員的にも相応の陣容を擁していることなどの点で、「強み」があるといえそうだ。
NHKのアーカイブが、IPによるオンデマンドのコンテンツとして供されることについては、当然のことながら“民業圧迫”であるとか、NHKの肥大化につながるとの反対意見が出されている。
やや意地悪な見方をすれば、民業圧迫というほど、この分野で“民業”が繁盛しているとは言えないようにも思える。だが、それはさておくとしても、IPによるコンテンツ配信については著作権処理の部分がネックになっていることは間違いない。その点において、仮に著作権者がNHKの“看板”を信頼して了解するということは、放送・通信両業界にとっては非常に大きな前進となるのではないだろうか。
セキュリティの問題や安全性の問題が重要なことは確かだ。しかし、それが完璧に確保されることを証明することは非常に難しい。それだけに、放送業界を技術的に牽引してきたNHKが、そうしたネックの解決に一役買うのであれば、結果として、民放のビジネスチャンスが拡大することにつながると思われる。
NHKなら良くて民放なら良くないという論法は、いかに著作権者としても使いようがない話である。先導役として相応しい存在の出動を見守り、そこに市場があることが確認されることを優先すべきなのではなかろうか。
単なるトライアルであれば、例外的な取扱いとして済まされてしまう可能性もある。だが今回の件は、あくまでも「商用」としたところに意義がある。著作権者との間で商用を前提とした権利処理が進めば、具体的なビジネス化に向けたスピードは一気に加速するに違いない。
今回のNHKの登場は、そうした視点から捉えれば、今後は民放各社の動きへと波及していき、コンテンツ流通を活性化させる効果を持つことは間違いない。
NHKの公共放送としての使命は、思わぬ形で果たされることになりそうである。
西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、潟IフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。
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