IP放送が抱える二つの“壁”(2/2 ページ)
「電気通信役務利用放送事業者」の台頭に代表されるように、IP方式を使って多チャンネル放送を提供する事業者が増えてきた。だが、IP放送は権利処理に手間がかかる上に、地上波の再送信はもちろん、“流せない”チャンネルがまだまだ数多くある。IP放送が抱える現状の「壁」について考えてみよう。
この点については、IP放送のベーシックチャンネルを見れば明らかなように、比較的多くのチャンネルがラインナップされており、IP放送の多チャンネルサービスは順調に実現できている感がある。
ところが、ジャンル別によく見てみると、スポーツ系のチャンネルが非常に少ないことが明らかになる。その理由も、まさに「放送の安定性」の問題に帰着するのである。
一般的に、野球にしろ、サッカーにしろ、スポーツは非常に動きが速いという特徴がある。スリリングに動くところにこそ、スポーツの面白味があるとも言える。
ただ、画像の動きが速いということは、言い換えれば伝送に要する情報量が非常に大きいということになる。光ファイバーを使った幾つかの番組送信実験の結果からも、画像の動きが速く、そのために情報量の多いコンテンツほど安定した伝送がうまく行かないという結果が出ている。
映画、音楽、スポーツが三大キラーコンテンツであると言われながら、IP放送のラインナップにスポーツチャンネルが少ないのはそのためである。もちろん、あまり動きの激しくないスポーツであれば、安定的な映像を提供できるわけだが、そればかりを24時間放送し続けるわけにもいかない。
もちろん、権利者の了解があり、視聴者も了解していれば、非常にクローズドな環境であることを前提に、スポーツ番組をIP方式で提供している例はある。サッカーなどは海外の試合も含めて、そうした形で楽しまれている典型と言える。だが、そうしたクローズドな番組の提供と通常の放送とでは、事情が全く異なることは言うまでもない。
意外なメリット――「壁」があるゆえ、IP放送とCATVは協力できる
権利者が了解していればともかく、そうでない場合に、どのように権利者を説得するかがポイントになりそうだが、考えようによっては、そこまで苦労してIP方式で流すくらいなら、むしろ既存のCATVで見ればいいだけの話であると考えるのが自然である。
既存のCATV事業者が、IP放送に対して危機感を抱いているということも耳にするが、現状、両者が提供しているサービスの違いを考えれば、敵対関係にあるというよりも、むしろ積極的にパートナーシップを組んでもよいのではなかろうか。
IP放送のようなデジタル化の特長は言うまでもなく圧縮技術であり、圧縮技術が進めば、IP放送側としても流せるコンテンツが増えていくことになるだろう。技術進歩の速い世界なので、そう長い時間を要することはないかもしれない。
それでも、なおかつ筆者がパートナーシップの必要性を主張したいのは、ユーザーのニーズが、「IP電話、インターネット、放送のトリプルプレイ」の方向に進んでいるからだ。それを実現するためには、資金力のあるIP放送事業者と、地域密着のCATV事業者が手を組むのが最も早道であることは明らかである。
両者が正面から向き合って話をすれば、非常に建設的な議論になっていくことは間違いない。「放送と通信の融合」を標榜するのであれば、そうした相互理解と協力が不可欠なのではなかろうか。
西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、潟IフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。
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