テレビドラマのマルチユースの難しさ(2/2 ページ)
テレビドラマは映像コンテンツの中核とも言えるものだ。ブロードバンドの普及で、コンテンツ流通の活性化を求める声が高まる中、相変らず放送局側の対応が鈍いのではないかという指摘が数多く見られる。しかし、コンテンツのマルチユースはそれほど簡単なことではないことも理解しておくべきだろう。
例えば、テレビドラマの最初か最後に出演者の一覧(並び)が出るが、それにも非常に気が使われていて、主演は誰で、二番手は誰で、止め(最後に表記)は誰にするかという取扱いが重要になる。主演でなくてもベテランの出演者の名前は最後に出てくることになっている。EPG以前の問題として、紙媒体での番組宣伝でも、表記の“番手”というものには非常に気が配られている。その際、プロデューサーが、出演者たちと十分に相談した上で番手を決めることが、最低限の礼儀として守られている。
ハイビジョンカメラで番組を撮り始めた頃には、あまりに細かい部分まで映ってしまうということで、それを敬遠する出演者も多かったことは良く知られている。そもそもハイビジョンとは何かということが、あまり知られていない時点で、その単語の意味から十分に説明して了解を得ることの苦労は想像して余りあることだ。
名優と呼ばれる出演者であっても、別に技術の専門家である必要はない。だから、新しい技術についての知識がなくても当然である。しかしながら、事前に十分な説明をしてから番組制作に入ることは、放送局側としては当然の責務になる。
それと同じことがデジタル放送であるとか、ブロードバンドでの送信についても起こっている。あくまでも説明責任は放送局にあるのだから、それを怠って勝手に使うようなことをしていたら、決して良い作品が作られることはなくなってしまう。技術論が先行している事業者から見ると、そうしたことの重要性は全く理解されないかもしれないが、マルチユースとか流通の活性化を実現するためには、避けては通れない問題なのである。
マルチユース前提の契約はできないのか?
最も望ましい形は、コンテンツの制作時から、二次利用、三次利用についても契約を交わしておくことのようにも思える。だが、費用対効果の経済合理性も念頭に置いておかなければ、ビジネスとして成り立たなくなってしまう。
そのコンテンツがヒットしなかった場合や、何らかのトラブルが起こって放送できなくなってしまうケースもあり得る。あらかじめ、二次利用、三次利用の約束を取り付けるということは、相応の対価を支払うことも約束することになる。二次利用、三次利用を行えないことになってしまった場合、その対価も支払わなくて構わないかと言えば、それは放送局側の都合でしかないということで、免じられない可能性もある。
地上波とCS放送の市場規模が仮に100対1であったとしても、CS放送で使用することの許諾を得るのに、1%の対価を追加すればよいのかと言えば、決してそうはならない。1%という数字が失礼であるという考え方もあろうし、1%程度の対価で新たな許諾を与えることに慎重になる権利者がいてもおかしくはない。
最低限の礼儀として1割は上乗せすべきであるということになるとすれば、二次利用することが決まってから、改めて料金交渉する方が、結果的に効率的であるというケースが多くなってしまうだろう。
地上波放送局側からすれば、ファーストランを成功させることが最優先である。そのために最適であると考えられる権利者構成をする際に、CSデジタルでの使用であるとか、DVD化であるとか、ブロードバンドで流すとか、ある意味では余計な条件設定をすることに時間をかけることや、そのせいでそもそもの構成が崩れてしまうようなことは避けたいと考えるのは当然だ。
放送局がコンテンツを抱え込んでいるわけではなく、権利者との交渉がどれだけスムーズに進むのかということがポイントになるため、コンテンツの流通を活性化させるためには、流通してくることを希望する側のメディアが自らの認知度を高め、安全性も保証してみせる努力が必要になる。
そのための努力を怠ったまま、放送局に説明責任を押し付けている限り、コンテンツ流通の活性化は実現しない。コンテンツ流通の活性化のために官民をあげて取り組むというのであれば、流通しにくい構造になっている本当の理由から目を背けることなく、その解決のための地道な努力を積み重ねていくことが肝要なのではないだろうか。
西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、(株)オフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。
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