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総務省が打ち出した地デジのIP、衛星再送信実験――その真相は?西正(2/2 ページ)

地上デジタル放送の新たな再送信手段として、IP方式、および衛星を使用することが可能かどうか、実験が行われることになった。水面下で議論が進められてきたうえ、発表が突然だったことで、一部でかなりの動揺が見られるようだ。だが、しょせんこれは補完的な手段に過ぎないことを冷静に見定めるべきだ。

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 そもそもの発端が条件不利地域の解消にあることからすると、既にCATV事業者が存在するエリアについては、地上波局としてもこれまで通りにCATV事業者に再送信してもらった方が良いに決まっている。新たな再送信手段を用いるというのでは、水平分離云々の議論に結びつけようという輩(やから)が登場してきかねない。

 「区域外再送信」のような問題があるのは事実だが、地上波を日本全国に遍く普及させてきたのは、地上波局とCATV事業者の協力関係があったればこそである。

 条件不利地域の場合には、そもそもCATV事業者が存在しておらず、地域特性からして新たにCATV事業者が出てくることも考えにくい。そういう理由で新たな再送信手段が検討され始めた経緯からすれば、既存のCATV事業者にとってのダメージはあまり考えられない。

 また、地上波局としても、水平分離的な議論を避ける趣旨から、IPによる再送信を認める事業体は、地上波局と一心同体に近い相手を選択することになると思われる。条件不利地域の解消が目的である以上、そのための事業体を自分たちと意見の相反する団体にするメリットも必要性も皆無だからだ。

 地上波局はデジタル化を機に、CATV事業者に対してパススルー方式で伝送するように求めている。簡単に言えば、地上波は無料放送なのだから、対価性のない形を明らかにしたいという意向だ。自らがそう宣言している以上、いくらIP方式で伝送するのが別の事業者であるとは言っても、そこが有料で配信することは難しいに違いない。

 衛星を使う場合とも同じ議論になるが、デジタル化が国策として進められ、その結果として条件不利地域なるものができてしまうことからすると、そこで暮らす人たちに対して「受益者負担」などという論法がまかり通るはずがない。

 そうなると、IP方式による再送信のエリアは拡大すれば拡大するほど、地上波局の負担が大きくなることになりかねない。負担は最小限に抑えたいと考えるのが地上波局としても正直なところだろう。IP再送信の検討はあくまでもその文脈から、コストパフォーマンスの悪い地域に、中継局を建設するよりは負担が減らせるだろうと考えた上で浮上してきたものに過ぎないのだ。

 確かに、IP方式による再送信と聞くと、いよいよ放送の部分に大手通信事業者が本格的に乗り出してくるようなイメージを抱きかねないことも理解できる。しかし、そういうスタイルに大きくハンドルを切るということは、CATV事業者が嫌う以上に、地上波局自身が嫌っていることを再認識しておくべきだ。

 IP方式になると著作権問題が障壁になると思われるが、地上波局の方針としては、たとえIPを使うとはいっても、今回のようなケースはあくまでも再送信であるとの位置づけであるとして、権利者団体に対し、新たな権利は発生しないと説明するようだ。

 CATV事業者としても、米国に見られるようにトリプルプレーによるサービス提供が一般的になってくることは明らかなので、新たな投資が必要になるし、同事業者間での広域連携などの対応を迫られることになるだろう。そういう意味では引き続き企業努力を求められることは間違いないが、今回のIP方式、衛星による再送信の話は、そうした流れとは一線を画していることは明らかである。

 CATV事業者には大手通信事業者には敵わない強みがあると述べた(7月14日のコラム)。疑心暗鬼に惑わされることなく、地域に密着した営業を重ねていくことが、自らの存在感をアピールしていくための最善の方策であろうと思われる。

西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、(株)オフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「視聴スタイルとビジネスモデル」(日刊工業新聞社)、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。

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