放送機器に見るビデオフォーマット戦略の行方:小寺信良(3/3 ページ)
先週発表された「AVCHD」は、DVDにHD映像を記録するという予想外の規格に驚かされた。一方、AVCHDをSDカード記録へ応用するという松下電器の動きは、ある程度予測できた。今回は放送機器でのビデオフォーマット動向と、世界のデジタル放送の潮流を考えてみる。
報道もHDへ向かう米国、そして日本
2006年4月には、HD記録ができるXDCAM HDが日本に先がけて米国で発売された。元々は業務用を狙って開発したフォーマットだが、米国の報道用としてかなりの引き合いが来ているという。
これまで米国の放送業界は、プライムタイムの番組はほぼHD化を完了したが、報道に関してはSDの機動性を重視してきた。だが昨年、アメリカ3大ネットワークの一つであるCBSが報道のHD化を発表したところから、事情が変わってきた。
アメリカでも放送のデジタル化によって電波の周波数帯を空けるわけだが、FCC(連邦通信委員会)が放送局から周波数帯域を買い上げた格好になっている。CBSはこのお金で、報道をHD化すると言いだしたのである。そうなると同じ条件のほかの局も競争せざるを得なくなり、ABCもNBCも報道のHD化へ進むと見られている。
このタイミングでXDCAM HDが丁度できあがってきたわけで、コストにうるさいアメリカではHDが撮れる安い機材として、大量に納入されるのではないかと見られている。
一方日本ではどうだろう。番組の方は民放NHK含めて、番組交換基準フォーマットとしてソニーのHDCAMとHDCAM SRが採用されている。また報道も、NHKや一部民放ではHDCAMを採用している。
この両フォーマットは、海外ではデジタルシネマクラスの機材として受け入れられており、これほど高級な機材で報道をやっているのは、世界中で日本ぐらいである。そもそもHDCAMで報道をやり始めたのはNHKが最初で、このフォーマットが登場した1997年当時、これは報道から採用していかないと、とても日本でHDは広まらないという意向があったからだと言われている。
だがここでXDCAM HDを使った廉価な報道システムは、日本でも意味がある。というのも、民放地方局の報道制作は、まだこれから設備投資が始まるからである。
放送局がフルにHD化するには、設備投資としてだいたい45億から55億円かかると言われている。すでにそのうち25億円分は、番組制作・送出設備として投資が完了しており、残り20億〜30億かけて報道や中継車、ワンセグなどの設備投資を行なっていくわけだ。
本来ならばこの残りの設備投資は、2011年のアナログ停波までに行なえばいいはずだった。だが2008年には、北京オリンピックが開催される。日本と北京では時差が1時間しかなく、ほぼ現地での競技時刻と同じような時間で視聴できる。これまでのオリンピックよりも、より高い視聴率が見込めるだろう。
したがって地方局のフルデジタル化のタイミングは、2008年に向かって前倒しされると見られている。ところが設備投資額は、5年かけてやるのと2年でやるのでは、額が変わってくる。これまでの見積もりも、より厳しくなる可能性が高い。
そこにうまくハマるのはXDCAM HDか、それともP2 HDか。巨額な金が動く放送機器ビジネスだが、日本においてかつてここまでコストパフォーマンスに厳しい投資というのは、近年なかったことである。
ここで画質面がクリアされれば、HDVやAVCHDが浮上というシナリオも、まったくないとは言い切れない。AVCHDの旗揚げは、コンシューマー的に見れば今しかないのだが、プロ機器から見れば微妙なタイミングなのである。
放送機器は、今や下克上の様相を呈し始めている。
小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。
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