ハイエンドオーディオの復権:麻倉怜士のデジタル閻魔帳(4/4 ページ)
最近、「ハイエンドオーディオ」の市場が活況を呈している。市場の変化もあるだろうが、なぜこのタイミングでハイエンドオーディオが復権の兆しを見せているのか、大学で音楽理論の教べんもとる麻倉怜士氏に考察してもらった。
技術的には全帯域に渡り歪みが驚異的に少ないことが、十分に余裕のあるヘッドルームを形成し、包容感と余裕のある音を聴かせ、同時に透明でハイスピードな音進行を支えていると分かりますね。あまりに歪みが少なく、音の出方、進行がナチュラルなので、このスピーカーから物理的に音が出ているという感覚が失せるほどです。
目を閉じて聴くと、スピーカーからではなく空間のあるべき位置から音が発せられていると感じ、音楽そのものが実体的な存在感を伴って、浮かび上がってきます。音楽に対してはビジュアル性がとても高いのも特徴ですね。そんな現場感再現力と音楽演出力に大いに感嘆します。
本スピーカーは、ある意味で非常にJBLらしいと言えます。それは高い解像力、音調の明晰さというキーワードです。しかし、別の意味では、実にJBLらしくないとも言っていいでしょう。それは、圧倒的に細やかな繊細表現力、グラテーションの凋密さ、しっとりとした表情……といった側面です。2つの違う価値が統合された品位の高い音の魅力は絶大です。「スピーカーの王者」以外の形容はできないでしょう。
現代の音楽再生装置としては傑出した1台と言えます。買った人は持っているCDをすべて聴き直して、音楽のすばらしさを再発見することでしょう
パイオニアの「TAD Reference One」(関連記事)も素晴らしいスピーカーです。同社の集大成ともいえる製品であり、これだけの製品をJBLなど諸外国のリファレンスモデルづくりに長い歴史と大きな蓄積を持つメーカーではなく、比較的開発の歴史の浅い国内メーカーが作り出したというところが素晴らしいです。
International CESで聞く機会がありましたが、プレゼンテーションがとても上手でした。BD-Rに記録したマルチチャンネルや2チャンネルの楽曲がスピーカーの存在感を感じさせず、非常に自然で、なおかつ、重厚な安定感と濃密な音場を作り出していました。
価格帯で言えばProject EVEREST DD66000と近いレンジの製品ですが、Project EVEREST DD66000が「音楽を楽しむ」ことに重きを置いているに対して、TAD Reference Oneは、モニターとして正確な音を出すことに注力しているようでした。同時期に登場したことは何かを暗示しているようにも感じられます。
それと、もうひとつソニーのフロア型スピーカー、「SS-AR1」(関連記事)もたいへん素晴らしいです。それは「これまでのソニーのスピーカーでは、絶対に聴けなかった音」が聴けたということです。私だけではないでしょうが、ソニーのオーディオ製品といえば、AVアンプやCDプレーヤーのイメージがあり、ことスピーカーでは、ソニー製品で良い音を聴くという経験をあまりすることがありませんでした。ですが、このスピーカーはまったく違います。「豊穣なる音楽性」が、このスピーカーにはあります。
実は私も、このスピーカーのことはあまり知らず、昨年12月にとある販売店のイベントで、偶然聴きました。そこで非常に驚いたのが、いわゆる「ソニーの音」ではなく、実に安定した音調で、練りに練った、粒子サイズがとても小さく、それらが見事に絡み合った凋密な音を聴かせていたことです。
その後、このスピーカーを丁寧に聴く機会がありましたが、クラシック音楽の質感をたいへん上手に再現するスピーカーだと、改めて確認しました。ソニーのこれまでのスピーカーは、輪郭でハッキリ・クッキリと聴かせるという音づくりでしたが、このSS-AR1は、音の輪郭をまったくと言っていいほど強調せず、ナチュラルな輪郭を生成し、音の粒子の中身の密度をとても濃くしています。
音色には何の虚飾も人工的な脚色もなく、ナチュラルそのものです。質感はしっとりとして、潤いも感じられます。私はオーディオ的な音を、時間的な水平軸と周波数特性的な垂直軸での2軸で分析していますが、水平軸のスピード感とテンポ感、低域から高域までの垂直軸のディメンションの位相が揃っていることが、この安定した揺るぎない音楽描写を実現していると分析できるでしょう。
もう少し手軽な製品としては、AURAのCD/アンプ一体型レシーバー「NOTE」も気になりますね。デザインは一昔前のモダンといった感じですが、先鋭・鮮烈な、シャープさのあるサウンドを奏でます。それほど高価ではない価格帯の製品でも、「いい音」を感じさせる製品が多く登場してきたことは、ハイエンドオーディオ復権の一環と言えるでしょう。
良い音とは、「音楽」がヴィヴットにその場で奏される音を言います。その意味では、圧縮音で音楽を楽しんでいるユーザーも、ぜひ、非圧縮環境での良い音に触れて欲しいですね。音楽感というより、人生観が変わりますよ。
麻倉怜士(あさくられいじ)氏 略歴
1950年生まれ。1973年横浜市立大学卒業。 日本経済新聞社、プレジデント社(雑誌「プレジデント」副編集長、雑誌「ノートブックパソコン研究」編集長)を経て、1991年にデジタルメディア評論家として独立。自宅の専用シアタールームに150インチの巨大スクリーンを据え、ソニー「QUALIA 004」やBARCOの3管式「CineMAX」といった数百万円クラスの最高級プロジェクターとソニーと松下電器のBlu-ray Discレコーダーで、日々最新AV機器の映像チェックを行っている、まさに“映像の鬼”。オーディオ機器もフィリップスLHH2000、LINNのCD12、JBLのProject K2/S9500など、世界最高の銘機を愛用している。音楽理論も専門分野。
現在は評論のほかに、映像・ディスプレイ関係者がホットな情報を交わす「日本画質学会」で副会長という大役を任され、さらに津田塾大学の講師(音楽史、音楽理論)まで務めるという“3足のワラジ”生活の中、精力的に活動している。
著作
「松下電器のBlu-rayDisc大戦略」(日経BP社、2006年)──Blu-ray陣営のなかで本家ソニーを上回る製品開発力を見せた松下の製品開発ヒストリーに焦点を当てる
「久夛良木健のプレステ革命」(ワック出版、2003年)──ゲームソフトの将来とデジタルAVの将来像を描く
「ソニーの革命児たち」(IDGジャパン、1998年 アメリカ版、韓国、ポーランド、中国版も)──プレイステーションの開発物語
「ソニーの野望」(IDGジャパン、2000年 韓国版も)──ソニーのネットワーク戦略
「DVD──12センチギガメディアの野望」(オーム社、1996年)──DVDのメディア的、技術的分析
「DVD-RAM革命」(オーム社、1999年)──記録型DVDの未来を述べた
「DVD-RWのすべて」(オーム社、2000年)──互換性重視の記録型DVDの展望
「ハイビジョンプラズマALISの完全研究」(オーム社、2003年)──プラズマ・テレビの開発物語
「DLPのすべて」(ニューメディア社、1999年)──新しいディスプレイデバイスの研究
「眼のつけどころの研究」(ごま書房、1994年)──シャープの鋭い商品開発のドキュメント
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