華やかな時代を迎えるハイビジョンビデオカメラ:麻倉怜士のデジタル閻魔帳(3/3 ページ)
秋の行楽シーズンを控え、ビデオカメラが店頭を賑やかにしている。春モデルでハイビジョン録画も標準的となったが、その次に来るトレンドはなんだろうか。今シーズンの傾向も含めて麻倉氏に尋ねた。
――春のトレンドは「ハイビジョン」でしたが、今秋は各社がハイビジョン対応製品を投入してきました。今秋ならではトレンドとはなんでしょうか。
麻倉氏: 3つのトレンドが挙げられると思います。ひとつはスタイル・デザインの多様化、ひとつはAVCHDの画質改善、もうひとつはBlu-ray Disc採用製品の登場です。
メモリメディアの採用が進んでいますので、「小さなメディア」であることを活かしたデザインの製品開発のチャンスですね。以前、シャープから「液晶ビューカム」という製品が投入されていましたが、あれは「撮る」「見る」を有機的に結合させた画期的なデザインだったと思います。
ですが、現在は各社製品が似通ったデザインになってしまっていますね。長時間にわたって安定したホールドを行うための必然ともいえるのですが、デジカメがさまざまなスタイルへ意欲的な挑戦を行ってきたことを考えると、顕らかに低迷ですね。メディアが小型化すれば設計の自由度は高まるはずなので、さらに自由な発想を期待したいところです。
ビデオカメラの需要は年間160万台と言われますが、この壁を破れないのは「イベントカメラ」としての需要を重視しすぎて、趣味的な撮影ニーズを重視していないからではないでしょうか。カード型や折りたたみ型といった自由な形、新しい使い方を提案するハイビジョンカメラの登場を期待したいです。
MPEG-4 AVCについてですが、MPEG-4 AVCそのものがまだまだ“難しい”ことは否めません。よくできたMPEG-2のビデオカメラに比べると、どうしてもダイナミックレンジ不足などが感じられます。MPEG-4 AVC自体がノイズを削ってスッキリ見せるという傾向――高S/N指向――を持っていることも原因でしょう。ただ、それはMPEG-4 AVCが「少ない容量でキレイな映像」を目指すフォーマットである以上、ある程度仕方のないことです。
ただ、今秋の新製品では着実に改善が進められています。キヤノンの「iVIS HG10」ではレンジ感が拡大され、映像に開放感が感じられます。既存製品からアルゴリズム的な変化はないそうですが、内部の転送レート上昇が好影響を与えているようです。パナソニックのSD5は、とてもディテール感、粒子感が良いです。
日立製作所の「DZ-BD7H」もコーデックにAVCHDを利用していますが、MBAFF(適応型動き予測制御技術:動きのある場所とない場所で違う処理をして画質を高める仕組み)を搭載し、一般的なAVCHD採用機に比べて画質面での進化に挑戦しています。AVCHDにはツール(コーデックオプション)が非常に多く、どこでどのように使うのか、そのあたりの使いこなしが難しいのですが、綺麗に見せるというニーズはより顕在化するので、日立製作所のようなアプローチは各社が試みるでしょう。
――今の話にも出ましたが。最後は今秋最大の話題と言えるBlu-ray Discの採用です。8センチBlu-ray Discドライブを搭載する日立製作所の「DZ-BD7H」はフルHD解像度(1920×1080ピクセル)の映像を約1時間、BD-R/REに録画できます。
麻倉氏: Blu-ray Discの搭載は非常に意義のあることですね。撮影した映像をあとから「見る」ことを考えると、なんらかのメディアに保存するのが一番ですが、既存のテープメディアでは編集が手間であるために「撮りっぱなし」になる可能性が高く、DVDではAVCHDといっても高レートでは長時間録画できません。それらを勘案すると、現在は大容量のBlu-ray Discが唯一の選択肢といえます。
DZ-BD7Hは最初からBDメディアへ記録できるので、非常に利便性が高いですね。「BDで撮って、BDで見て、BDで保存する」というフローが「正解」である気がします。DVDメディアにAVCHDという組み合わせもは再生環境を選んでしまいます。
BDメディアへの収録時間についてはまだ改善の余地がありますが、DZ-BD7Hについていえば搭載するHDDに最高画質モードのHXモード(1920×1080ピクセル/約15Mbps)で約4時間の録画が可能なので、バランス的には許容範囲内ではないでしょうか。将来的に2層メディアが普及すれば単純計算ですが収録時間は倍になりますしね。
DZ-BD7Hが面白いのは、ディスクメディアとHDDを2つ搭載するというハイブリッド構造を採用したことです。構造自体は以前から存在しますが、ユーザーが「HDDかBDか」と悩まずに製品選びができるのは非常にユーザー視点の製品作りと言えるでしょう。
初のBDビデオカメラがなぜソニーやパナソニックではなく、日立から登場したのか不思議に思われるかも知れません。日立はビデオカメラの開発においてCカセットや8ミリを手がけた後、DVDをキャンセルし、1997年に「MP-EG1」というMPEG-1記録するHDDビデオカメラを投入しており、MPEG系の信号処理やHDD搭載について技術を蓄積していたのです。
その後にDVD-RAMを利用する製品を投入し、さらにノウハウや技術を統合させたのが「DZ-HS303」などの“ハイブリッドWooo”であり、今回の新製品なのです。なにも突然登場したわけではなく、それ相当の下地があるのです。
加えて言えば、「DZ-BD7H」は初めてのフル撮像素子、フル信号処理、フルHD撮影を実現した「フルHDビデオカメラ」でもあります。初のフルHDビデオカメラとして登場した日本ビクターの「GZ-HD7」も3CCDの画素ずらし(1016×558ピクセルのCCDを3枚ずらして搭載)を利用しているなど、「完全な」フルHDビデオからは存在していませんでした。スペック面は他メーカーも追従してくるでしょうが、「いま、それがある」凄さを感じさせますね。
ただ、日立製作所は意義のあるBDビデオカメラを登場させたのですから、BDレコーダー/プレーヤーを出す責任があるはずです。トータルのBD環境を整える義務がありますよ。
麻倉怜士(あさくられいじ)氏 略歴
1950年生まれ。1973年横浜市立大学卒業。 日本経済新聞社、プレジデント社(雑誌「プレジデント」副編集長、雑誌「ノートブックパソコン研究」編集長)を経て、1991年にデジタルメディア評論家として独立。自宅の専用シアタールームに150インチの巨大スクリーンを据え、ソニー「QUALIA 004」やBARCOの3管式「CineMAX」といった数百万円クラスの最高級プロジェクターとソニーと松下電器のBlu-ray Discレコーダーで、日々最新AV機器の映像チェックを行っている、まさに“映像の鬼”。オーディオ機器もフィリップスLHH2000、LINNのCD12、JBLのProject K2/S9500など、世界最高の銘機を愛用している“音質の鬼”でもある。音楽理論も専門分野。
現在は評論のほかに、映像・ディスプレイ関係者がホットな情報を交わす「日本画質学会」で副会長という大役を任され、さらに津田塾大学の講師(音楽史、音楽理論)まで務めるという“3足のワラジ”生活の中、精力的に活動している。
著作
「やっぱり楽しいオーディオ生活」(アスキー新書、2007年)――「音楽」をさらに感動的に楽しむための、デジタル時代のオーディオ使いこなし術指南書
「松下電器のBlu-rayDisc大戦略」(日経BP社、2006年)──Blu-ray陣営のなかで本家ソニーを上回る製品開発力を見せた松下の製品開発ヒストリーに焦点を当てる
「久夛良木健のプレステ革命」(ワック出版、2003年)──ゲームソフトの将来とデジタルAVの将来像を描く
「ソニーの革命児たち」(IDGジャパン、1998年 アメリカ版、韓国、ポーランド、中国版も)──プレイステーションの開発物語
「ソニーの野望」(IDGジャパン、2000年 韓国版も)──ソニーのネットワーク戦略
「DVD──12センチギガメディアの野望」(オーム社、1996年)──DVDのメディア的、技術的分析
「DVD-RAM革命」(オーム社、1999年)──記録型DVDの未来を述べた
「DVD-RWのすべて」(オーム社、2000年)──互換性重視の記録型DVDの展望
「ハイビジョンプラズマALISの完全研究」(オーム社、2003年)──プラズマ・テレビの開発物語
「DLPのすべて」(ニューメディア社、1999年)──新しいディスプレイデバイスの研究
「眼のつけどころの研究」(ごま書房、1994年)──シャープの鋭い商品開発のドキュメント
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