情報教育は実際どうなっているのか:小寺信良の現象試考(3/3 ページ)
子どもが「ネット」とどのように接するべきか議論されているが、MIAUとして、実際の教育現場にたつ先生たちへヒアリングをしてきた。情報教育について現状を共有し、やるべきことを考えたい。
何がどこまで必要か
先生方からのヒアリングで学んだことは、子供の自主学習でやらせるという方向性は難しいだろう、ということだ。さらに子供経由で親に教材を届けるのは、相当難しいという。たぶん携帯を取り上げられると思って、親に渡さないからだ。
それよりも情報リテラシーについては、既に学校側で教えなければならないことなのに、教材がなくて困っているという現実のほうが重い。そしてその教材には、最新の事件・事故などの具体例が含まれており、子供たち自身が共感できることが求められている。つまり、学校の授業でやることではあるが、「学習知」ではなく「生活知」でなければならない。
そんなとき、「ネットでヒドい目に遭ってきたオッサンとニイチャンたち」であるMIAUに何ができるだろうか。たぶんその答えは、「最初に倒れたドミノを探せる」ことではないかと思う。
ネットや携帯サイトで起こっている多くのことは、元を正せば数少ない原因から連鎖的に起こっていることではないのか、と考えられる。例えばネットいじめ、学校裏サイト、ブログ炎上、プロフ援交など多くの問題があるが、これらの多くは「ネットが匿名である」ということで成り立っている。
しかし実際ネットでは匿名性が維持できるわけではないというのは、インターネット技術に少し明るい人間であれば、誰でも知っていることだ。それを子供たちにわかりやすく教えてあげることで、多くのネガティブなドミノ倒しが起こらなくなるのではないか。
場当たり的に問題の芽に対して対応しても、抜本的な解決には届かない。なぜならばそれらの対応策は往々にして、単に「禁止する」以外の方法がないからである。それを我々がやれるはずもない。我々がやれるのは、最初に倒れたドミノはどれかを探し、それを起こして連鎖を止めることにある。
MIAUで制作する「インターネットの教科書」もこれらの事情を考慮して、初期の計画からずいぶんと方向性が変わってきている。まずターゲットをパソコンから、携帯電話に変更した。また全体を一度に作るのではなく、学校のホームルームや授業の一部に取り入れられるように、テーマを小分けにして分冊することにした。また技術や情報の先生でなくても基本的な事は教えられるよう、技術用語を減らして平易な表現を使った。
ただ、たったこれだけのところに行き着くまでも、平坦な道ではなかった。それは案外、「クリエイターのメンタリティ」を共有するのが難しい、ということにあったと思っている。例えば音楽や映像、文章にしてもそうだが、とりあえず形にしてみる、というのが重要である。形があって初めて本質が見えてくるものであるが、その反面たぶん初回に作ったモノはだいたいダメで、いろいろ叩いていっていいものにしていくというのが、基本的な制作プロセスである。
しかしそういった物作りのスタイルは、普通の人、あるいは制作とは別の教職・研究畑の人には、なかなか理解して貰えない。最初に綿密な調査をして間違いないところまで詰めたのち、どこからもクレームの来ない形でいきなり最終形を作ろうとする。
教科書だから間違いのないものを、という気持ちは分からないでもないが、大抵最初はのものは失敗のリスクを背負うものだ。ましてや我々は、これまでに存在しないものを作ろうとしている。これまでと同じものなら、それを使えばいいだけである。
実際にネットの教科書として存在しているものは多い。例えば「e-ネットキャラバン」、インターネット協会がやっている「インターネット ルール&マナー検定」、総務省の「ICTメディアリテラシー育成プログラム」などだ。
しかしそのどれも、まず存在が全然知られていないという点で役に立っていないし、頭のいい人たちがちゃんと系統立てて、どこからもツッコミが入らないような完全を目指した結果、的を外している感がある。そこからは、これらを使って学んでいる子供のリアルな姿が想像できないのだ。多分、こういうものじゃないものを作るのが、我々の役目なのだろう。
この24年度から使用する教科書は、検定から実用までのタイミングで逆算すると、今現在、制作が始まっているはずだ。しかしいくら執筆の先生方が優秀だからと言っても、4年後にネットや携帯で社会がどのように変わっているのかを、イメージできるわけではないだろう。
我々の教材は、むしろ次の学習指導要領が始まるまでの4年間ぐらいでお役ご免になればいいと思っている。それまでにネット関連企業の努力で、ネットの健全化が進むことを期待したい。
小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作は小寺氏と津田大介氏がさまざまな識者と対談した内容を編集した対話集「CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ」(翔泳社) amazonで購入)。
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