ダウンロード配信、IT業界と映画業界の隔たり(1):本田雅一のTV Style
インターネットを日常的に使っていると、コンテンツのダウンロード購入のような流通モデルがすぐに普及するように思える。しかし映画業界というのは、インターネットを含むネットワーク産業とは、業界の構造も考え方もまったく異なる。
インターネットを日常的に使い、またPC向けを中心としたいくつかの動画配信サービスを見ていると、どうしてもインターネットを通じた放送、あるいはコンテンツのダウンロード購入といった流通モデルが、今まさに目の前に迫っているように思えてならない。
とくにPCやインターネットを専門としている人からすれば、光ディスクという物理的な媒体をわざわざ流通させるなど非効率的で不便なものに見える。これは当然のことだろう。筆者は映像にしても音楽にしても、ただ一時的に消費するように再生させるのではなく、優れた作品を何度でも楽しみたいと思う方だが、その私でも儀式的ともいえる円盤のセッティングと再生というプロセスより、ネットワークで効率的にコンテンツを引き出せる方が良いと思っているぐらいだ。コンテンツ消費型のユーザーにとって、現在の映像の流通形態は古すぎるというのは充分に理解できる。
しかしコンテンツ業界、とくに映画業界というのは、PCなどのIT産業、あるいはインターネットを含むネットワーク産業とは、業界の構造も考え方もまったく異なる。その違いを相互に理解して、”同じ言葉”を使って将来へ進む方向を定めていかなければ、光ディスクを用いた流通を縮小してまでダウンロード中心に移行しようという動きは出てこないだろう。
その最大の理由は、デジタルコンテンツにおけるコンテンツ保護技術を映画スタジオが全く信用していないこと。昨今のハリウッド映画は……と批判する声もあるだろうが、一方で名作といわれる映画の誕生を目指して日々、試行錯誤が繰り返されている。その中で生まれてきたヒット作の裏には、その映画の制作費だけでなく、それまでの収益をあげられなかった膨大な投資の存在があるため、作品から見込まれる収入の保護には神経をとがらせている。このあたりは、投資の規模や収益構造が異なるテレビドラマとも全く感覚が違う。
映画スタジオが映画製作に投資を続けていく上で、すでにDVDやBlu-rayパッケージでの収益は必要不可欠なものになってきている。だから現在の収益モデルを壊す可能性がある新規事業について、とても慎重なのである。
米Warner Home Videoの副社長、横井昭氏は、「映像ストリームの配信に関しては、レンタル事業の一環として始まっている」と話す。例えば、Netflix(定額で宅配によるDVD、Blu-ray Discのレンタルサービスを行っている。日本でいうTSUTAYA DISCASと同様のサービス)のIPTV向け映像配信サービスなどがそうだ。ただし、このサービスに映画会社が参加しているのは、あくまで保存できないストリームデータのみの配信だからだ。
一方、インターネットからダウンロードし、エンドユーザー自身がHDDや光ディスクに記録するアクトビラ・ダウンロードのような形態は、「社内で何度も議論しているが、慎重論の方が圧倒的に多い」(横井氏)。
横井氏は松下電器産業(現パナソニック)出身で、松下がMCAを買収したことで傘下となったUniversal Studiosに移籍。DVDの誕生後に松下がMCAを売却した時、当時のWarner Home Video社長だったウォーレン・リーバファーブ氏に誘われ、日本への帰国の道を選ばずに現在の職に就いた人だ。家電業界と映画スタジオの両方の文化を知った上で、ネットワークを経由した映像ダウンロード販売の本格化を否定的に見ている。
もっとも、暗号化を解かれる可能性をいうのであれば、すでにDVDの暗号化はないも同然だ。Blu-rayに関してもAACSの暗号システムそのものは壊れていないが、PC上のソフトウェアプレーヤーの実装不備もあって、市販ソフトの暗号が解かれている。Blu-rayに関しては、まだBD+といった追加の保護技術やBD-Markといった海賊版排除の仕組み、それに暗号鍵の変更といった対処方法があるとはいえ、完璧とはいい難い面もある。
こうした中でも映画スタジオがコンテンツを販売しているのは、コピーによる損失よりもコンシューマー向け市場を維持する利点の方が大きいからだ。それはネットワークダウンロードでも同じだろう。つまり利点の方が大きくなってくれば、ネットワークによる流通の可能性も出てくる。
しかし、「米国や日本であれば、コンテンツの価格とコピーする手間、それに所有欲などの要素を考え合わせ、それでも市場が生まれるかもしれない。しかし、インターネットの世界では、一度ダウンロードでデータが手元にくれば、中国など新興国にも流れていく」と指摘する。そして彼らは信じられないほど手間と時間をかけて、コピー防止策を破って堂々とコピー品を流通させてしまうというわけだ。コンテンツのダウンロード配信は、彼らの活動を楽にさせるだけ、という結果を招きかねない。
一般にIT業界から見ると、家電業界は保守的でコンテンツ保護に積極的という印象を持っているだろうが、実はそんなことはない。現在のデジタル家電の構成はPCに近いものだ。コンテンツに関しても自由に流通し、幅広い人が楽しめる方がビジネスの面ではプラスになる。しかし、コンテンツ業界との協業が長い分、彼らの保守的な姿勢や考え方をより深く理解した上で、自社の戦略を決めているから、ユーザーの目からは家電メーカーこそが保守的と映るのだろう。
IT企業がこの中に入って、さらにオープンな映像流通のインフラを整えたいと考えるのであれば、もっとコンテンツ業界特有の感覚を理解した上で、全く正反対のマインドを持つ異業種の企業を納得させる必要がある。
なにしろ、今、映画スタジオの中で「ダウンロード」と単純に呼ぶとき、それはネットワークダウンロードを意味してさえいない。彼らのいうダウンロードとは、実は全く別のものを指している(以下、次週)。
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ネットを介したコンテンツ流通は、今後もさらに増えていくだろうが、だからといって光ディスクビジネスがしぼむわけではない。映画会社でも新しい試みが始まっている。
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