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なぜドルビービジョン対応製品が増えたのか?――CESリポート(後編)麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(4/6 ページ)

AV評論家・麻倉怜士氏によるCESリポート後編。今回はドルビービジョンにソニーの「Crystal LED Display」と超短焦点プロジェクター、HDMI 2.1、MQAの最新動向など盛りだくさん。さらに「ドルビーシネマ」体験リポート付き。映画館はここまで来た!

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ドルビーシネマを体験してきた

麻倉氏:CES取材に前後して今年もドルビーラボラトリーズへ行きました。去年はドルビービジョンの取材でしたが、今年はかねてより見たいと思っていた次世代劇場規格である「Dolby Cinema」(ドルビーシネマ)の取材がやっとできました。米国大手シネマチェーンのAMCがドルビーの地元であるサンフランシスコのダウンタウンエリアにある複合商業施設「Metreon」(メトレオン)に、サンフランシスコにおけるドルビーシネマ第1号をちょうど開店したところだったのですが、これがまた素晴らしい画と音だったので報告したいと思います。


世界の映像・音声文化を技術面から支え続けるドルビーラボラトリーズのサンフランシスコ本社。右奥には最新鋭劇場システム「ドルビーシネマ」のリファレンスシアターが設置されている

ドルビーのお膝元、サンフランシスコのドルビーシネマ第1号となった複合商業施設「Metreon」(メトレオン)。館内に設置されていた「Walk of Game」(ゲームの歩道)には、マリオやソニック、宮本茂氏やシド・マイヤー氏などの栄誉を称えるスターパネルが設置されていたが、2012年のテナント更新時に閉館している

麻倉氏:映像に関してですが、通常のDLPデジタルシネマはコントラストが8000:1程なのに対して、この劇場では100万:1のプロジェクターを2台使います。プロジェクターにおけるコントラスト比100万:1がどういうものかというと、例えば真っ黒な夜景に月が出ている様なシーンで、従来のものは黒エリアに手をかざすと影が出来ていた、つまり黒浮きしていたわけです。ところが100万対1ではこの影が出ず、初めから影と同じ真っ黒として出てくるという、そういうレベルです。

――テレビの世界では液晶のローカルディミングが確立されたことにより、コントラスト100万:1という数字はなんだか陳腐化してしまったような印象さえあります。ですがプロジェクターでこの数字はかなり凄いですね、黒に手をかざしても影ができないというのも今までの常識からグンと飛躍した感覚があります。


ドルビーシネマのデモ映像におけるワンシーン。映像ではドルビービジョンのHDRが、音声ではドルビーアトモスの立体音声が用いられる。特に映像のHDRは黒が極めてハイレベルな沈み込みを見せており、投影映像でありながら手をかざしても影ができない

麻倉氏:黒を沈めるのは画質の基本ではありますが、映像の基礎である黒がしっかり締まってきて、そこに4K映像が乗ってくると、グンとリアリティーが増します。というよりも、映画の中の世界に没入する障壁が非常に低くなり、人工物であるという意識が低くなって自然にコンテンツの世界に没入するようになるのです。

 このハイレベルな画を引き立てるDolby Atmos(ドルビーアトモス)も凄いですが、オブジェクトオーディオもハイレベルですよ。今回観たのは戦闘シーンが多い作品「ローグワン」ですが、爆発シーンのところで椅子が揺れるんです。ドルビー本社のリファレンスシアターで体験した際にはそんなことはなかったはずですが、メトレオンでは明らかに揺れており、しかも揺れの立ち上がり立ち下がりが鋭い。最初は「まさか強力な低音が椅子を揺らしているのか」と思っていました。音場の中における低音の豊かさは確かに素晴らしいですが、それがここまで椅子を揺らすものかと思うと、それはさすがにおかしかろうと疑問に感じていました。それで話を聞いてみると、やはり椅子に振動素子が入っているとのことです。

――日本では「4DX」や「MediaMation MX4DシステムMX4D」などで知られている可動シートシステムですね。“体感型シアター”と呼ばれるこれらの劇場システムはシートが動くほかに、風や香りやミストが出てきたりといった特殊効果が発生します。

麻倉氏:今回の映画では香りなどはなかったですが、それでも従来の映画館に比べて体験のレベルが2つくらい上がったと思いました。メトレオンの場合、まずシアターに入るアプローチ部が漆黒になっているんです。シアター入口にはスクリーンがあり、ローグワンならローグワンの世界観を表した映像クリップがそこで流れています。そのトンネルを通ってシアターに入るという演出です。


メトレオンのAMCに新設されたドルビーシネマ。アプローチの壁一面に設置された巨大ディスプレイでは作品に応じた映像が流れており、シアターに入る時から作品世界を表現するという、まるでテーマパークにおけるアトラクションへのアプローチのような凝った演出がなされている

麻倉氏:今アメリカでは、例えば座席数が少し少なめに設定されたリッチな設計だったり、あるいは最新鋭シネマフォーマットを揃えた環境だったりといった、プレミアムシネマチェーンでの映画鑑賞が凄く伸びています。普通に映画を見るよりも若干高いが、同じ見るならこちらが良いと選ばれているようです。そういうところに向けてドルビーは画と音を最高クラスにしたハイクオリティーシネマフォーマットを「ドルビーシネマ」というブランドで出してきたわけです。

 映画における高級志向はヨーロッパで始まったムーブメントで、ドルビーシネマに関しては日本ではまだ話が上がっていないですが、お隣中国ではかなり伸びているとのこと。AMCのCEOがいうには「数年前の契約当初は2024年までに100シアターをドルビーシネマ対応にするつもりだったのが、今年で既に50シアターになっている。目標の100シアターは予定よりずっと早くに達成されるだろう」だそうです。ワールドワイドでは70シアターが稼働中で、現状ドルビーは300以上の案件を抱えていると話していました。特に中国・インドで引き合いが高いみたいです。どちらも映画が庶民の娯楽として確固たる地位を持っているお国柄で、加えて中国は資金力が豊富なため、動きが活発らしいです。


ドルビー本社のリファレンスシアター。自動車のシートのような座席が設置されており、当然ながら持ち込み用の売店などもないため一般の映画館では当たり前のカップホルダーも省かれている

それに対してAMCのドルビーシネマではソファのような革張りの椅子が設置されている。1人あたりの占有空間に関しても、通常の劇場と比較して前後左右に加えて上下方向まで広くとられるという、快適性と高級感を強く意識した作りである

――映画は気軽に非日常へ誘う映像文化ですから、同じ体験するならばより没入感が高い次世代規格が良いですね。IMAX 3Dが出てきた時も高い支持を集めましたし、やはり高品質な映画は高い支持を受ける用に思います。ですからドルビーシネマも是非、日本でも普及してもらいたいです。

麻倉氏:せっかく見るなら良い体験をしたいですね。その意味でドルビーシネマはとても有力なソリューションですが、1つ難点を挙げるならば本編前に流れる予告編番宣です。HDRの映像とドルビーアトモスの音に、シアター設計まで練り込まれた素晴らしい世界観の演出がなされているのに、作品本編が始まる前に無関係の予告編が延々と続くのには拍子抜けしてしまいました。せっかくシアターアプローチから作品を演出しているのだから、劇場に入ったらすぐに作品本編を始めた方がずっと没入感も満足感も高いです。

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