SDR用電子アイリス
麻倉氏:今度はHDRに関する提案です。現在、NHKでは試験放送チーム(8K HDR)と一般放送チーム(2K SDR)が別々に制作をしていて、例えば大相撲のような同じ現場の映像でも、2チームが別々に動いています。これはいろいろな面で大変ですね。高度BSが始まる来年からはHDRがメインになりますが、しばらくはSDRで見る人が圧倒的に多いわけで、どうにか一体運用が必要です。さて、制作はどっちをメインにしたら良いでしょうか? 今回の技研公開ではHDRをメインに据えてセットアップしたシステムに、SDR用の電子絞りを組み込んだものを提案していました。
SDRはHDRと比べると露出設定がシビアで、例えば“暗い部屋に明るい窓”というお決まりの画の場合、どっちもしっかり撮るHDRの設定をそのままSDRに使うと、露出は間違いなく破綻します。同じように昼間のサッカースタジアムでは、影に合わせると日向がトびます。これではダメで、従来はゲームが繰り広げられるピッチを拾い、影に入った観客席を泣く泣く諦めていました。
ですがHDRが普及してくると、HDRの露出は動かさず、SDR向けの最適露出を現場判断でやるのが合理的だろうということに気付き始めました。しかしドラマや映画などのRAWからグレーディングできるポスプロ映像なら良いですが、ライブ中継ではそうも言っていられません。これを解決するのがHDRとSDRの一体制作カメラに搭載される電子絞りシステムです。
――機械絞りとは別に電子絞りで露出データを制御し、HDR用とSDR用のそれぞれの露出を撮影現場で作ってしまう、という思想ですね。ポスプロ作業も必要ないですし、何より現場の画を見ている人が制御できるというのが良いです
麻倉氏:これからは一体制作が一般的になると見込まれます。そんな時代に1台のカメラでHDR、SDRのどちらにも最適な映像を撮る、大きな提案だと感じました。
大画面と8Kのカンケイ
麻倉氏:研究発表に面白いものがあったので、是非ご紹介したいと思います。私のAVライフでも度々体感してきたことですが、コンテンツと画面の大きさとシステムの間には一定の関係があり、どんなコンテンツをどのくらいの視野角で見るかということはとても重要です。実際のところ、4Kでかなり満足をしているユーザーが多い現状において「8Kならでは」「8Kでなければ」というコンテンツや観え方をきちっと提案できないと、8Kの成功はありません。
――これは4Kの時も言われていたことですが、単純なスペックアップでは新しい価値として認識されなくなっているということですね。従来とは全く違う価値の提示が求められていると
麻倉氏:そういう価値を提示する1つの可能性として「大画面での視聴が好まれるコンテンツの特徴」というパネル展示を紹介しましょう。SHVやHDRなど、新システムや方式が開発される時、技研では必ず一般人による試験をします。今回紹介するのは“8Kの広視野視聴環境に適した映像を制作するために”ということで、約40人の一般視聴者を対象に調査したものです。
1.5H(4K)、0.75H(8K)それぞれの視野角で、なおかつ20インチくらいの小サイズ、50インチくらいの中サイズ、85インチの大サイズ(フル画面)の3種類に分けて、合計44種類の映像を見てもらい、その感想を分類するという実験をしました。映像の内容は巻き貝のアップや電車の走行シーン、富士山の遠景や花火などです。その結果、山、海、雲、空港、寺院の遠景、京都の街並みなど、元が広い視野の広角映像は広く観たいというインプレッションが多く集まりました。
逆に人物のアップ、日舞のアップ、スケートボードの近接撮影、人力車を大写しにした街並みなど、拡大映像のようなクローズアップした映像はあまり大画面で観続けたくはないという回答が多数を占めました。特に巻き貝の穴のクローズアップ映像は大画面に対しての相性が悪かったのですが、これは全体像が気になるため、大画面を嫌うのだろうと分析できます。
――拡大鏡のような映像は、インパクトが大きい反面、刺激が強すぎて長時間は疲れるということですね。こういった画は文章における疑問符(?)や感嘆符(!)といった記号と同じで、ワンポイントで効果的に用いることが重要であり、多用しすぎると映像作品として破綻する可能性がある。これはなかなか重要な発見です
麻倉氏:画角を持って自然をゆったりと撮った映像や、ごちゃごちゃした情報がない映像、あるいはできるだけ大きな映像は、大画面と相性が良い。これはAV愛好家が体感的に会得してきたことですが、このように理論として分析されたということが大変意義深いですね。中景も含めてディテールがしっかり出ている映像はあまり大画面で観続けたくない、ということも貴重な発見です。映像制作はもちろん、撮影カメラマンの立場から、8Kのメリットが出る現場でのメソッドとして役立てられれば良いなと感じました。
大画面とコンテンツの関係を調べた研究発表。基本的には視野角が広い広角映像ほど大画面が好まれるという傾向にあるという研究結果が出てきた。8Kは広角映像との親和性が高いため、やはり大画面が良いということが、改めて証明された
――次回は音声や制作、立体映像に関する技術などを中心に深掘りします。
関連記事
- 次世代放送まであと1年! 活発な動きを見せる8K最前線(後編)
- 大手プロダクションが切り拓く“8Kドラマ”というフロンティア
大手映像プロダクションであるイマジカ・ロボットグループのROBOTが、世界に先駆けて8K/HDRドラマ「LUNA」を制作した。その驚きの画質と表現手法には、“画質の鬼”こと麻倉怜士氏も納得。「従来の8K映像とは違う地平」と評している。 - 実用化に向かう8K技術群――技研公開で見えた8K放送の実現性
前編に続き、「技研公開」のレポートをお送りする。今回は8Kを中心とした「すぐそこの未来」がテーマだ。長年にわたってNHKの8K開発を見つめてきた麻倉怜士氏は、今年の8K展示からどんな未来を描くだろうか。 - 四国に8Kの未来を見た――完全固定カメラの舞台映像がすごい
「スーパーハイビジョン」として着々と開発が進む8K。今年のリオデジャネイロオリンピックでは各地で8K方式のパブリックビューイングも予定されているが、一方で麻倉怜士氏は「8Kと舞台映像は相性が抜群」という。愛媛県にある「坊っちゃん劇場」が示した8Kの可能性とは?
関連リンク
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.