水面下で進むスマホOSの世代交代――「第3のOS」の陰で、見過ごせないGoogleの動き(3/3 ページ)
2013年の年明け早々、モバイルOSの世界に異変の兆しが現れた。新たなモバイルOSとして「Firefox OS」と「Tizen」が披露されたのだ。通信キャリアも肩入れするこれらの新OSは市場をどう変えるのか、また、既存のモバイルOSは、どう対抗するのか。モバイルOS戦国時代の行く末を読み解く。
しかし、実はそうではない。現在、Googleや(Web標準化団体の)W3Cなどが普及を進めている最新のWeb技術は、必ずしもインターネットに接続する必要がなくなった。つまり、デフォルトではネット接続(オンライン)だが、やむを得ない場合には、オフラインでも仕事ができる。このように従来とは正反対の情報処理スタイルがこれからは主流になる。Firefox OSやChrome OSはまさにそのために開発された基本ソフトなのである。
しかし、日本の端末メーカー、そして恐らくキャリア関係者の多くも、まだ、これに気付いていない。現在の状況は、スマホが日本でも徐々に普及し始めた2008年前後を彷彿させる。当時、日本の通信キャリアやメーカーの大半は、iPhoneに注目こそすれ、スマートフォンの将来性やiPhoneに対抗するAndroidの戦略的価値、そこに内在する危険性などを見落とした。
この結果、いよいよ日本でもスマホ・ブームが顕著になってきたときには、iPhoneやAndroidに完全に依存することになり、結果的にAppleやGoogleにモバイル産業の主導権を奪われてしまったのである。
Googleの機先を制するには
それから5年余りを経た今、モバイル産業で再び大きなパラダイムチェンジが始まろうとしている。今回は情報処理のスタイルが、従来のネイティブからWeb(HTML5)ベースへと移行することを意味する。Firefox OSとTizenはその先駆けなのだ。
現在、日本の通信キャリアはこれらのOSを、せいぜいiOSとAndroidに続く「第3のOS」程度にしか見ていない。しかし、もしも筆者や米国の一部専門家が予想するように、Googleが次世代Androidを事実上のChrome OSに切り替えると仮定すれば、日本のキャリアやメーカーにとってFirefox OSやTizenの持つ戦略的な価値は著しく高まる。なぜなら、これらをいち早く製品化すれば、Googleに先んじてWebベースのモバイル情報処理へと移行できるからだ。
逆に、このチャンスを逃せば、5年前と同じ間違いを繰り返すことになるだろう。つまりGoogleがいずれ次世代Android(Webベースの新世代モバイルOS)をリリースしたときに、どのキャリアもメーカーもこのOSを搭載したスマホやタブレットを横並びで発売することになる。その頃にはApple端末の市場シェアは今より落ちていると予想され、モバイル産業におけるGoogleの支配は一層強まるだろう。そこでは、ユーザーに提供される端末やサービスの多様性が失われてしまう。これを避けるために、キャリアや端末メーカーは「第3のモバイルOS」を効果的に活用する必要がある。
ただし、それは難しい。日本ではNTTドコモが今年後半にも、Tizenを搭載したスマートフォンを発売するとしているが、その前途は厳しいだろう。なぜならTizenはHTML5には対応しているものの、構造的には、むしろAndroidなど従来型OSと新世代OSの中間に位置するため、(日本の端末メーカーが危惧するように)恐らくユーザーから見て、これまでのスマートフォンとの違いが分かり難い、と予想されるからだ。
筆者が期待するのは、むしろFirefox OSの方である。こちらは構造的に従来と全く異なる、真の新世代OSであるからだ。日本ではKDDIが来年、このOSを搭載したスマートフォンを発売するとしているが、一足早くスペインや南米諸国では今年後半にもFirefox OSを搭載した端末が発売される見通しだ。モジラによれば、Firefox OSは非常にシンプルな構造であるため、これを搭載したスマホの製造コストを押し下げ、100米ドル以下の小売価格を実現できるという。特に南米のような新興諸国では、低価格を売りにしたFirefox OS搭載端末はそれなりのシェアを確保するだろう。
しかし欧米や日本など先進国市場では、低価格だけでは不十分だ。むしろ「ネットにつながっていることを前提に開発された新世代OS」の性格や特徴を理解し、そのメリットを最大限に引き出すこと。これこそ日本のキャリアやメーカーが、Googleに先んじて次世代モバイル・サービスに移行するための鍵となるだろう。
小林雅一氏プロフィール
KDDIリサーチフェロー。東京大学大学院理学系研究科を修了後、雑誌記者などを経てボストン大学に留学しマスコミ論を専攻(東大、ボストン大とも最終学歴は修士号取得)。ニューヨークで新聞社勤務後、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所などで教鞭をとったあと現職。著書は「神々の『Web3.0』」(光文社ペーパーバックス)、「モバイル・コンピューティング」(PHP研究所)、「Web進化 最終形『HTML5』が世界を変える」(朝日新書)、「日本企業復活へのHTML5戦略」(光文社)など。
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