News:Column 2000年10月23日 11:38 PM 更新

Column:窓から見たMac OS X

Mac OS Xは,多くの面で前身の「NEXTSTEP」そのものであり,Aquaもユーザーインタフェースとしては未完成だ。しかし,これですべての材料がそろった。あとは……?

 ふだんはPCに関連した記事を書くことが多い私だが,実は「Mac OS X」との関わりは古い。といっても,ベータテスターだったというわけではない。その前身である「NEXTSTEP」に関連した記事や書籍を扱ったことがあるからだ。当時,まだ青かった私の目に,NEXTSTEPは魔法のような環境に見え,興奮し,ビジネスの“ビ”の字も理解せずに,ただただ,その長所について話したものだ。

 情報処理部門向けにカスタムアプリケーション開発環境としてプロモートされていた当時のNEXTSTEPを「なんとかパーソナルでも使い物になる環境にはならないか?」とキヤノンの担当者と話したことがあったが,その後,日を追うごとにNEXTSTEPの市場は狭まっていったのを記憶している。それだけに,10月21日の新宿で目にした光景は,まるで夢物語のようだった。

ベータ版を求めてやってくる人々

 あまりふざけて書くことではないかもしれないが,少し冗談交じりに書きたくなるほどの光景だった。21日の新宿高島屋。10時の「Mac OS X Public Beta」発売開始から遅れること1時間で到着した私の目の前には,推定1000人(現場にいた某編集者談)もの人が列をなしていた。しかも,列は増えども前には進まず。本当に販売しているのか,怪しむ人が出てもおかしくないほど。

 フリーランスライターのY氏に聞いてみると,15台のiMacでオンラインショッピングのシミュレーションをさせた後,総入れ替え方式で販売を行っているという。後に改められ,空いた端末から次々に販売を行うようにはなったが,なんとも効率の悪い話だ。

 そのうち「これ以降の人は,並んでもらっても販売できません」と,列に加わろうとする人を断り始める。ところが11時半。アップルも観念したのか,用紙に記入することで販売できるように改善し,端末入力と並行作業。さらに午後になるとすべてのiMacを撤去し,すべて手書きの用紙による申し込みにすることで,滞りなく(?)Public Betaの販売を進めたとか。

 ずっとベンチに座って事の行く末を眺めていた(あまりの列の長さとオーガナイズの悪さに購入はとっくに諦めていた)私は,そこで「ここまで来たのに〜」「並ぶのもダメなのかよ〜」という悲鳴を聞き続けていただけに,途中で断られて家路に就いた人が少し可哀想に思えた。見物する方は(不謹慎ながら)面白いが,買いに来た方は真剣である。なのに,ちょっとしたタイミングで追い返されてしまった。

 AppleStoreでの買い物練習とデモンストレーションにしては,アップルジャパンも手痛い代償を払ったものだ。予想以上の大反響ということでポジティブにも捉えられるが,これだけひどい管理にはお目にかかったことがない。あらかじめAppleStoreで仮申し込みをして,注文票を印刷して持ってくれば買える……といった手順にすれば問題はなかっただろうに。マイナスのイメージは拭えない。

 もっとも,これは予想以上の人がやってきた証であるとも言える。ここで販売されたのはベータ版なのだ。まさかこんなに人がやってくるとは,僕も想像だにしなかった。Macに対する忠誠の証なのか,それともそれだけ多くの不満がMac OSにあるのか。

ちゃんとしたOSとして機能するようになったMac OS X

 確かにMac OS Xには,魅力的な機能が備わっている。その一番手は,Aquaの流麗なユーザーインタフェースでも,Quartzによる理想的なグラフィック/プリント環境でも,クラスライブラリで構成される高機能なオブジェクト指向のAPIでもないと僕は思う。

 OSに求められるのは,必要以上に出しゃばったり,高機能であったりすることではないと思うからだ。OSはソフトウェアとハードウェア,そして人間の間をつなぎ,管理する裏方としての役割が基本であり,それ以外の部分は基本の上に成り立っている。

 そんなわけで,ずっと以前にMac OSを「見た目だけ気にしてダイエットと美容整形を重ねた不健康なモデルのよう」と揶揄したことがあった。ユーザーインタフェースは優れていても,プロセスやメモリの管理,ドライバ周りのアーキテクチャは,とても近代的とは思えなかったからである。いくら初心者向けの顔を備えていても,よく分からないメッセージと共に再起動していたのでは,本当に初心者向けとは言えない。

 というわけで,Mac OS X。実際のコード品質は使ってみなければ分からないが,仕組みの上ではモダンなOSとして機能するものになっている。というよりも,コレはもう「全くMac OSではない」と断言できるものだ。よって,Mac OSで論じられた過去の技術に縛られることもない。

 アーキテクチャの詳細な解説はMacWIREにお任せするが,Mac OS Xは1984年から続いてきたMac OSとは全く異なるOSの上に,Mac OSのエミュレータを載せたものと捉えるのが正しいだろう。“全く異なるOS”とは,冒頭で紹介したNeXTのNEXTSTEPだ。

 Mac OS Xは,あらゆる面でNEXTSTEPそのものである。内部的な構造や開発環境,Cocoaのアーキテクチャといった面だけではない。細かなことだが,OSのインストーラが起動した時の背景の色や,ビジー時のマウスカーソルアニメーションまで,NEXTSTEPを使ったことのある人ならば,すべてが懐かしく感じるだろう。

 NEXTSTEPはカーネギーメロン大学で開発されたマイクロカーネルのMach(とその上に構築されたBSD互換環境)をベースに,独自のウインドウシステムやユーザーインタフェース,クラスライブラリとしてOSのAPIを提供するという,当時としては斬新なOSとして知られていた。

 Mac OS Xを同じくパソコンのOSである「Windows 2000」と比較する人もいるが,既に何度もバージョンアップを繰り返しているWindows 2000と比べるのはナンセンスだ。ともかくMac OS XはOSとして,従来のMac OSとは比較にならないほど,ちゃんとしたOSになったことが重要なのである。おまけにPCとは異なり,周辺機器の数が非常に少ない。サポートしなければならないハードウェアが限定されていることは,Mac OS Xの安定性に大きく寄与するだろう(たとえばWindows NT 4.0がストップした原因の90%近くは周辺機器ドライバのバグと言われている)。

これですべてがそろったハズ……だが?

 より良いユーザーインタフェースを持つMac OSに,モダンなOSが持つ安定性やプロセス管理機能が加わったのだ。これでもう不健康なOSなどとは言わせない。そうMacのファンは思っているかもしれない。確かにOSの基本部分は良くなった。しかし,簡単に組み立てられたMac OSのユーザーインタフェース(単に見た目の問題ではなく,ファイルコピー時の振る舞いや各種設定のやりやすさなどを含めて)を,UNIX臭さの残っていたNEXTSTEPに統合できると思ったら間違いだ。そう簡単にアーキテクチャを移行できるものではない。

 たとえばWindows 2000は,Windows 9xが無ければ今ほど受け入れやすいOSにはならなかっただろう。マイクロソフトは,Windows 9xというモダンなOSと脆弱なOSの中間点にいるOSを踏み台にして,モダンOSへの道筋を作った。

 Mac OSの場合も,Windows 9xと同じ役割を果たす「Copland」というOSが存在しなければならなかった。今さら蒸し返しても仕方がないが,その後に,さらにモダンなOSへとステップを踏むのがソフトランディングさせる最良の方法だったろう。しかしその開発は失敗し,NeXT買収により外部からOS技術を調達することになった。従来のMac OSとMac OS Xの間に引かれたレールが存在しないにもかかわらず。

 すべてが結果論だが,OSとしての基本部分を手に入れたMac OSは,残念なことにMac OSのフレンドリーなユーザーインタフェースを失っている。確かにカッコよく,わくわくするその姿は,次世代のMacたる資格十分なルックスを備えている。が,NEXTSTEPを使ったことがある人ならばすぐに分かるはずだ。Macとしての体裁を少しだけ整えているものの,Mac OS Xは操作性を含めてMac OSになりきっていないようだ。

 僕の場合,Workspace(NEXTSTEPのシェル)を知っているから,ある程度は予想しながら使えたが,普通のMacユーザーが使えば何をするにも迷うのではないだろうか? Workspaceの操作性が最悪とは言わないが,Mac OSが本来持っていた良さは,ここには存在しない。

 それどころか,(Macユーザーは否定するかも知れないが)むしろWindows 2000の方がMacに近い感覚で利用できるかも知れない。Aquaはカッコいい。しかし,今のAquaはユーザーインタフェースとして未完成である。この現状を直視して,Public Betaを入手したMacユーザーは改良部分を歓迎しつつも,改悪だと思うところに関しては積極的にフィードバックするべきだろう。たとえすぐにその結果が出なかったとしても,この先はまだ長いのだから。

[本田雅一, ITmedia]

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