News 2000年11月1日 11:20 PM 更新

Adobe,新戦略の行く先は明瞭

“ネットワークパブリッシング”という新しい構想を打ち出した米Adobe。しかし蓋を開けてみると,これまでも強みを発揮してきたツールにフォーカスした戦略を継続する。これまでと異なるのは何か?

 米Adobe Systemsは10月31日,米国で“ネットワークパブリッシング”という新しい構想を打ち出し,次のステップに向けた同社の取り組みを紹介した(別記事を参照)。この新しいビジョンは,昨今のネットワークセントリックな各社のビジョンとも一致するもの。

 米Microsoft,Oracle,IBMなどは,ブロードバンドネットワーク時代に向けてインターネットを通じたサービスを提供するフレームワークを提案している。その代表的な例がMicrosoftの「.NET」戦略だが,Adobeの発表したビジョンはそうしたフレームワークの中で,電子出版物の流れが変化することを示している。

 たとえば,同じニュースリリースがWebでパブリッシュされるのと同時に紙でも配布され,ニュースを必要とする人が使っている多様なデバイスに配信される。ある者はPalmやPocket PCで受け取り,ある者はWAPやiモードの携帯電話で受け取るかもしれない。

 パーソナライズや,携帯電話の位置情報などのパラメータによって,適切な人に適切な情報をタイムリーに提供する。メディアに依存することなく,一度パブリッシュされた情報は,同じものがさまざまな形で配信される。

 そのために,「コンテンツを配信するための標準フォーマットが重要だ」というメッセージは至極もっともな話だ。さらに,制作の過程で,メディアごとに別々の作業を行うことは非効率的だというメッセージも納得のいくものである。

 たとえば紙,Web,ePaper(PDF)に対して,別々に作業を行うのではなく,すべて統一されたプラットフォームでコンテンツ作成を行えることが望ましい。電子出版の工程を制作,管理,出力/配布の3つに分けるとすれば,最終段階のいちばん最後までは共通のツール,コンテンツ,データにすることができるはずだ。

 Adobeが提供する電子出版向けの製品は,さまざまな情報を同居させることができるメタデータタグを埋め込むことで,同一のコンテンツ素材をいくつものメディアに向けて最適化できるようにしたり,課金に関する情報を加えることができるようにする。

 IT業界が新たなステップへと向かう中で,こうしたAdobeのネットワークパブリッシング構想はごく自然な流れの中にある。誰が成功者になるかは別として,その方向は確かなものであり,そのビジョンは非常に明快であると言える。

仮想グループの作業効率を高めるAdobe Studio

 コンテンツ制作のワークフロー統一化の中で,Adobeはネットワークパブリッシングに向けた新しい作業環境を提案していく。その一端が,新たに発表された「Adobe Studio」だ。Adobe Studioは,月額39.95ドルで提供されるアプリケーションサービスで,小規模事業者同士のコラボレーションを実現する。日本での提供時期は未定だが,関係者の話を総合すると,2001年の第4四半期が立ち上げ時期のターゲットになっているようだ。米国では来年第1四半期にサービスが開始される。それに先立ち,近日中にはβ版のサービスが開始される見込み。

 Adobe社長のBruce Chizen氏は「電子出版のワークフローを洗い直すと,小さなグループあるいは制作会社などが仮想的なチームを組んで制作を行っていることが分かった。Adobe Studioはインターネットを通じて,制作ワークフローの改善を行う」と話す。

 最新Adobe製品のメニューに追加されている「Adobe Online」を用いてAdobe Studioにアクセスし,製作用素材をアップロードした上でコンテンツの管理をしたり,安全なファイル共有などを可能にする。また,オンライン出版向けのプレビューサイト構築機能も備える。ただし,その詳細については明らかにしておらず,来年1月に開催される「MACWORLD Expo」でより具体性を増した案内が出される予定だ。

あくまでも制作ツールに集中するAdobe

 ネットワークパブリッシングというビジョンを語ったAdobeだが,電子出版の工程における管理,出力/配布に関しては自社で製品やサービスを提供するのではなく,あくまで制作ツールとそれらを用いた作業のワークフロー改善に関する製品にフォーカスするという。

 ネットワークパブリッシングの具体的なシステムについて同社は,コンテンツおよびその素材をコンテンツ管理サーバに置き,それを出力/配布する際には,それぞれのメディアに応じたフォーマットへと変換するというシナリオを描いているが,コンテンツ管理サーバや各メディア対応のコンバータ,配布サービスなどのソフトウェア/サービスはパートナーに任せる。

 たとえばコンテンツ管理サービスはネットアプリケーションのフレームワークを構築しようとしているMicrosoftやOracle,コンテンツの出力や配信はHewlett-Packerd,Motorola,Nokia,Palm,そしてRealNetworksに任せる。

 Adobe側は,メタデータをタグとして埋め込んで構造化されたデータファイルを扱えるように,ツール類の機能追加を行っていく。当初はプラグインとして提供され,その後,製品へと統合される予定。

 一部にはAdobeも時代の流れの中で電子出版に関わるネットサービスとそれを支える基礎技術を提供する企業へと変わるのではないか,といった観測もあったが,蓋を開けてみると,これまでも強みを発揮してきたツールにフォーカスした戦略を継続する。これまでと異なるのは,電子出版業界の変化に追随すべく,進化の方向性を修正したことだ。

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[本田雅一, ITmedia]

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