News 2001年11月13日 11:10 PM 更新

ブロードバンド中継局が成層圏を浮遊する――高高度飛行体

成層圏を浮遊する“高高度飛行体”をブロードバンドの中継局にし,全国規模の高速無線通信網を構築する――。都内で開催された「高高度飛行体IT基地研究会」では,高高度飛行体に関する最新の研究内容が発表された。

 成層圏を浮遊する“高高度飛行体”をブロードバンドの中継局にし,全国規模の高速無線通信網を構築する――。

 そんな夢のような計画が,着々と進められている。11月13日に都内で開催された「高高度飛行体IT基地研究会」では,この高高度飛行体に関する最新の研究内容が発表された。

 そもそも,高高度飛行体とは,何だろうか。「高高度」は,通常地上から5万フィート(約1.5キロメートル)以上を指す。高高度飛行体は,それよりさらに上空の「成層圏」に長期間滞在することを目指した飛行体だ。エアプレーン型や飛行船型などがあり,動力源は太陽光が中心。この無尽蔵ともいえるソーラー発電システムによって,長期滞在を可能にした。

 なぜ,成層圏を飛ぶのか。対流圏と呼ばれる地上から10キロメートル上空までには雲があり,地表と同じく雨や雷といった気象変化が常に発生。ジェット気流と呼ばれる強い偏西風も吹き荒れている。太陽光を動力源にする高高度飛行体にとって,光を遮る雲は大敵だ。

 だが,対流圏より上の成層圏には雲が無い。天気はいつも晴れており,気温も-50〜-60度と安定している。高高度飛行体は,天候が安定していて風が比較的弱く制御しやすい成層圏(20キロメートル付近)を浮遊することで,安定した飛行環境と恒常的な動力源を確保しようというわけだ。

 NEC東芝スペースシステムの秋永和寿氏は,「静止衛星による無線通信は,地上から3万6000キロメートルも離れているため伝送遅延や伝送損失が大きいが,地上から20キロメートル程度の成層圏では,地上とほぼ同じ伝送品質が得られる」と,成層圏を利用したプラットフォームのメリットについて語る。

 成層圏プラットフォームを既存サービスに応用する例としては,「IMT2000」など次世代携帯電話がある。地上にアンテナを設置していく現在の方法では,通信エリアを確保するためのインフラ整備に時間とコストがかかるが,地上から20キロメートル上空にある高高度飛行体を利用すれば,障害物による伝送ロスがないため距離による損失だけで済み,より広範囲をカバーできるというわけだ。「飛行体1機で,だいたい関東地区の中心部をカバーできる」(秋永氏)。

 また,新幹線の路線上空に飛行体を浮遊させれば,トンネル以外の場所で,高速移動しながら無線通信が使えるようになる。もちろん,高速道路でも同様。カバー範囲が広い成層圏プラットフォームだからこそ実現可能なシステムだ。


新幹線の高速移動時でも無線通信システムが使える

 高速インターネットサービスなど加入者系無線システムに高高度飛行体を使えば,数十Mbpsといった高速無線通信が可能になる。次世代通信技術DBF(デジタルビームフォーミング)を使った多元接続アンテナによって効率よく回線を振り分けることも可能だ。

 放送分野では,ミリ波を利用した蓄積型放送サービスなどに応用できる。ミリ波は雲や霧などに弱いため,通常の放送システムとしては不向きだが,「天気の良い(伝送条件の良い)時に,映画など大容量コンテンツを一気に送ってHDDに蓄積してしまえばよい」(秋永氏)。

 さらに,高高度飛行体は,地上の観測システムにも期待されている。軌道衛星からの俯瞰写真技術は年々進歩しており,IKONOS衛星からの分解能1メートルのカラー画像では,道路を走る車が渋滞になっている様子ぐらいは判別できるレベルにまできている。もちろん,これは衛星に備え付けられた高価な超高性能カメラで撮影した画像だ。

 だが,秋永氏によると,高高度飛行体が飛ぶ地上20キロメートルの距離ならば,分解能10センチの画像が簡単に得られるという。これは,歩いている人の洋服の色まで判別できるレベルだ。しかも,高価なカメラは必要なく,「600万画素の一眼レフ型デジタルカメラに2倍のエクステンションレンズを付けた1200ミリのレンズといったヨドバシカメラで購入できる製品で十分」(同氏)だという。


分解能10センチならば,歩いている人の洋服の色まで判別できる

 すでに米国においては,AeroVironment社が高高度飛行体「Helios」の開発を進めている。これは,NASAからの技術援助も受けている国家プロジェクトだ。

 Heliosは機体上部が太陽電池で覆われ,太陽光を効率良くエネルギーに変えて飛行する。夜間は,動力源を燃料電池に変更。ここでは昼間の余剰エネルギーを使って電気分解された水素と酸素が燃料となる。


AeroVironment社の高高度飛行体「Helios」

 研究会では,今年7〜8月に行われた「Helios飛行実験」の報告もあった。8月13日の第2回飛行試験では,ほぼ成層圏といえる地上9万6500フィート(約2万9400メートル)に到達したという。今後は,高度アップよりも飛行時間を延ばす研究が中心となる予定だ。

 日本では「成層圏プラットフォーム構想」が,国が進めるミレニアム・プロジェクトの1つとして研究されている。また,経済産業省が九州ヒューマンメディア創造センターと英国Cranfield大学に調査委託している「高高度IT基地構想」では,無人飛行体「スペースバード」が平成18年の実用化を目指している。

[西坂真人, ITmedia]

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