News 2003年1月20日 06:06 PM 更新

ec2003レポート
ハッタリをかますコンピュータ

コンピュータがゲームでハッタリをかましたり、心理的な駆け引きをして、人間に勝つことを目指す。これまでゲームでの「強さ」だけを追求してきたコンピュータで、ちょっと人間くさい視点からのアプローチが進められている

 ゲーム理論では、ゲームに勝つ強い戦略として、2つの考え方が知られている。

 1つめは、1回だけのゲームでの「囚人のジレンマ」である。相手が裏切ると自分の利益が減るために、互いに利益を得るためには裏切るしかない、という考え方だ。

 無限回のゲームでは、ミシガン大学の政治学者であるロバート・アクセルロッドの開催したトーナメントで優勝し、一躍脚光を浴びたアナトール・ラパパートの「おうむ返し」つまり、相手にやられたらやり返せ、という考え方が、最も強いと考えられている。

 理論と戦略でゲームにおける「強さ」が明らかになる一方で、実際のゲームでは、もっと単純に勝ち負けが決まっている場合もある。たとえば、チェスの場合には、1997年5月3〜11日のニューヨークで世界チャンピオンのゲイリー・カスパロフ氏をコンピュータのIBMのDeep Blueが破っている(関連記事)。

 これによって、チェスにおいては、人間よりもコンピュータのほうが強いということが明らかになってしまっている。より単純なルールのオセロでも事情は同様。逆に、複雑なルールである将棋や囲碁では、まだコンピュータは、人間よりも弱い。遅かれ早かれ、コンピュータが勝つのは時間の問題なのかもしれないけれど。

 コンピュータが強いといっても、コンピュータには勝ち負けの「価値」はわかっていないと考えられる。コンピュータには、心がない。心がないから、ゲームを楽しむことはないし、勝ってうれしく感じることもない。逆に、人間にとっては、コンピュータに勝てないのだとすれば、そのようなゲームをコンピュータと行う意味はない。負けても人間の価値が下がるわけではない。

 問題なのは、コンピュータに心はあるのか、ということだ。コンピュータは価値感をもっているのか。

 もちろん、今日現在のコンピュータに、心や意識はないと考えられている。だが、将来にわたって、そうであり続けられるとは言いにくいようになってきているのが、現在の神経学や心理学の研究なのである。

 現在、脳は化学的/電気的なシステムである――ただし、きわめて複雑な――ということが共通認識となってきている。心や意識はその科学的/電気的なシステムである身体や脳をモニタリングするためのシステムだと考えられるようになっているのである。エルンスト・ペッペルやロバート・ポラックらは、実験によって意識は行動に約0.5秒遅れて生まれることを示している。

 アントニオ・R・ダマシオ、スーザン・ブラックモアらも、心と身体は別のものであり、心が身体に先だって存在するというデカルト的な二元論、すなわち「我思うゆえに我あり」は、完全に誤りと論破している。デンマークのトール・ノーレットランダーシュに至っては、「意識は幻想である」、ということさえ主張している。

 心や意識が身体、すなわち複雑な機械によって生まれるのであれば、コンピュータが十分複雑になれば、そこに意識が宿ることがあるのかもしれない。あるいは、意識が宿る、という言い方よりは、人間がそこに意識を感じとるようになるのかもしれないと言ったほうがよいかもしれないが。実際、今日でさえ、はるかに簡単な仕組みで動いているロボットのAIBOを見て、そこに生命を感じる人間もいるくらいなのだ。

 その点で、「エンターテインメントコンピューティング2003」で発表された筑波大学大学院の高橋千晴氏の研究、「セブンカードスタッドポーカー」での「ハッタリ」つきプレイングシステムは、従来強さだけを尺度としてきた研究とは異なる視点がたいへん興味深いものだった。


筑波大学大学院の高橋千晴氏


セブンカードスタッドポーカー。7枚のうち、強い5枚で勝敗を決する。通常のポーカーとはややルールが異なるが、筑波大学の鬼沢教授によれば、スティーブ・マックイーンの映画「シンシナティ・キッド」(1965年)で描かれるポーカーがこれだということだそうだ。ほかに、マット・デイモン主演の「ラウンダーズ」(1998年)や、先ごろなくなったジョージ・ロイ・ヒル監督、ポール・ニューマン+ロバート・レッドフォードの「スティング」(1973年)などにもポーカーが描かれる

 もちろん、勝ち負けだけでいえば、「ハッタリ」は「おうむ返し」よりも弱いと考えられる。高橋さんによれば、強さの判定実験はまだおこなっていないそうだが、研究結果を見ると、「ハッタリ」システムは、大勝することもあるが、大負けすることもある。いわばコンピュータらしいというよりは、「人間のように見える」システムなのである。


ハッタリ決定の理論。ハッタリがばれないようにすることも大切だと

 強いか弱いかではなく、相手がハッタリをして駆け引きしてくることによって、人間の側に「意識」や感情を感じさせることができるかもしれない。

 ゲームをするときに、コンピュータが人間よりも強いのだとすれば、もはや対等にゲームで勝敗を競う必要はなくなってくる。それよりは、対等に見えるような、あるいはゲームを盛り上げてくれるような、意識のようなものを研究するほうが、人間にとって楽しいゲームができるような気がするわけである。

 実際のシステムでは、「劣勢の時に、強く見えるカードを開いたり、ベッドを続けて強く見せる」ようにしたり、逆に、「優位の時にも弱そうに見せる」という駆け引きをするのだそうだ。


ハッタリの成功例。表の数字は手順で、プレイヤーは7順目にドロップ(勝負から降りる)した


ハッタリの失敗例。もちろんハッタリを見破られれば負けたりする。このあたりにコンピュータに人間味や個性を感じさせる糸口があるような気がする


プレイヤーはハッタリにひっかかるのだそうだ。今後、ますます個性をもったハッタリをするプログラムの開発が期待される

 今後、このようなハッタリや駆け引きがより高度に各種のゲームに組み込まれていけば、もっとコンピュータとゲームするのが熱くなるかもしれない。

関連リンク
▼ 特集:Entertainment Computing 2003

[美崎薫, ITmedia]

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