News | 2003年11月6日 09:13 PM 更新 |
2004年の放送開始を目指すモバイル放送。高速走行中や短いトンネルの中でも途切れることなく受信できるなど、技術的な興味は尽きない。どのようにして安定した受信を可能にしているのかについて、技術的な面から解説しよう。
反射波も活用する受信方式
同社によると、モバイル放送が安定した高品質の受信を実現するのは「直接電波であろうと反射電波であろうと有効な電波はすべて取り入れ、上位最大12波の電波を合成する」ためだという。
これについて、もう少し掘り下げて考えてみよう。
モバイル放送の場合、衛星からの電波、同社が各地に設置するギャップフィラーからの電波とも、それぞれ同じ周波数でCDM(Code Division Multiplex:符号分割多重)変調で送信される。その電波は全チャンネルが25MHz幅で送信されている。
さらに詳しく説明すると、放送電波は30CDM分が多重されており、そのうち全体の制御を行うパイロットch、CAS-ch、システムchの計3CDMを常時受信することなる。映像付き放送番組ならさらに2CDM使い、1番組あたり合計5CDMを取り出すことになる。
ところで、その電波を受信する地上では、衛星からの直接電波と複数の反射電波、近くに設置されていればギャップフィラーからの直接電波とその反射電波もそれぞれ受信機に到達することになる。
一般のアナログTVでは、この反射波によって二重三重に重なって見えるゴーストが発生する。アナログTVはこうした同一周波数の反射波による妨害に弱く、これを「マルチパスに弱い」というように表現することもある。マルチパスとは、電波が建物などで反射することで複数の方向から遅れて届いてしまう現象のことだ。
しかしモバイル放送ではゴーストが生じることがなく、安定した放送を表示できるという。良質な波を選んで1波に合成する仕組みを採用しているためだ。
25MHz幅で広がったCDM変調の全チャンネル放送電波は、まず2つのダイバーシティアンテナから受信機に入ったのち検波され、CDM復調回路に送られる。
ここで「RAKE受信」と呼ばれる仕組みによって、それぞれ到来した上位6波、合計で最大12波の電波を個々に分離し、処理し、そして再合成する。RAKEは英語で熊手のこと。直接波も反射波も受信して重ね合わせることで受信強度を高めるのがマルチパスRAKE受信だ。
モバイル放送のRAKE受信については詳細機能については公開していないようだ。受信機ブロック図から考えると、Roll-off Filter(帯域制限フィルタ)で検波後の放送データ部分のみを取り出し、散乱して到着した受信信号を複数のMatched Filter(相関受信器)を用いて分離し、拡散符号を使って受信信号をDe-Spreader(逆拡散器)で逆拡散して信号を取り出し、最後にRAKE Combiner(レイク合成器)で合成するものと思われる。
これに対し地上デジタル放送では「ガードインターバル時間」を設けている。この方式では、ガードインターバル時間内に到着した遅延反射波は、妨害波として扱わないために安定した受信環境が得られるが、積極的に反射波を利用するまでには至らない。
高速移動時でも安定受信できる理由
モバイル放送が「高速走行時でも安定受信が可能」と断言する理由についても考えてみよう。これはマルチパスRAKE受信機能に加え、(1)インターリーブ機能、(2)ドップラーシフト(Doppler Shift)の影響がない──という2つの理由のためだ。
高速道路を走行中、陸橋の下をくぐる時などに瞬間的に電波が途切れる状況が起きる。そこで、連続的なデータを送信時にわざと分散させておくことで、受信エラーになっても、誤り訂正機能によって元のデータを復元できるようにしておく仕組みがある。
これをインターリーブといい、現在の設計では1.3秒程度の誤り訂正が可能。この時間内なら電波が途切れても受信できる。
1.3秒間の移動距離を試算すると、時速100キロ(秒速27.8メートル)の場合で36メートル。つまりこの長さのトンネルまでなら受信画面に影響が無いことになる。トンネルの出入り口付近では反射波が入り込むことが予想できるので、実際はもう少し長いトンネルでも問題ないかもしれない。さらに長いトンネルにはギャップフィラーを設置すれば問題は無くなる。
さらに、モバイル放送はドップラーシフトの影響を受けない。ドップラーシフト(ドップラー効果)とは、救急車のサイレン音が近づく時と遠ざかる時とで音の高さが変わるように、放送電波を高速移動しながら受信すると周波数が変化してしまうことだ。
ドップラーシフトは、送信局と受信者間の単位時間あたりの相対距離変化(走行スピード)と、電波の周波数との関係により次の式で算出できる。
ドップラーシフト周波数(fd)=走行スピード(V)×送信周波数(f0)/光速(C)
地上デジタル放送(770MHz)でも携帯電話や車載端末向け放送が計画されている。この場合、放送アンテナの位置から時速100キロで離れながら受信したとすると、最大でfd=71Hz程度の周波数変化が起き、受信ができなくなるなどの問題が発生する。メーカーなどは対策として、移動する自動車側にアンテナを4本設置したり、機器の受信特性を改善するなどして試験しているようだ。
一方、モバイル放送の送信周波数は地上デジタルより高い2642.5MHz(Sバンド)を使用している。このため時速100キロで移動した場合、計算上は地上デジタルの約3.4倍となる241Hzのドップラーシフトが起こってしまうことになる。
モバイル放送は東経144度の赤道上空3万6000キロの静止衛星を使う。端末の移動に伴い衛星との相対距離も変化するが、仰角が約45度あるため、ドップラーシフトは前述の水平移動時の計算値より少ない170Hz程度に軽減される。
しかしモバイル放送の場合は「地上−静止衛星間の相対距離の変化は軽微」という優位性からドップラーシフトを排除するのではなく、放送のパイロットチャンネルを常時受信しておくことでパイロットシンボル信号を捕捉し、補正することで高速移動時でも受信可能にしているようだ。
したがって、この程度のドップラーシフトならば問題なく排除できる設計になっているという。時速270キロの新幹線で全国を移動しても、さらに高速な飛行機内からでも衛星サービスエリア内なら受信可能だそうだ。
これら高速移動実験の様子は、10月に開催された「CEATEC 2003」会場でビデオ映像が公開されていたので見た人もいるかと思う。これについては筆者も衛星が上がった時点に高速道路で実際に試してみたい。
受信機の希望価格は5万円程度
先日行われたモバイル放送センターの見学会では「受信料とCM収入だけで運営は大丈夫か?」という質問が出ていた。同社からの回答中、受信機の機能に関しての新構想が紹介された。将来の可能性の1つだが、新しいビジネスモデルとして「エンジニアリングストリーム放送」を考えているという。
これは受信機のソフトウェアをダウンロード方式で常に最新にする機能だ。受信機の不具合の修正や新機能への更新がユーザー宅で行える。これを応用すれば、携帯電話の不具合の更新サービスを行うなどの新サービスも考えられるという。
また中国でも同様な移動体向け放送システムの導入試験を行っており、モバイル放送と同じ方式を採用すればライセンス収入も期待できるという。
もし日韓中でほぼ同じ端末が使用できるなら、端末価格を大幅に下げられるメリットがある。見学会で同社が示した受信機の希望価格(実際の価格は各メーカーが決める)は5万円程度、受信料は「加入料金を別にして月額1000円から2000円」(同社Webサイトで示した上限額は3000円)という目安が示されていた。
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