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» 2019年04月18日 06時40分 公開

モンキー・パンチさん「女性描くのは苦手」で峰不二子誕生 (1/2)

「ルパン三世」で知られる漫画家、モンキー・パンチさん(本名・加藤一彦=かとう・かずひこ)が11日、肺炎のため死去した。81歳だった。晩年も精力的で、深夜までビデオや漫画を見たり、作品を描いていたりしたという。

[産経新聞]
産経新聞

 大ヒットした漫画「ルパン三世」で知られる漫画家、モンキー・パンチさん(本名・加藤一彦=かとう・かずひこ)が11日、肺炎のため死去した。81歳だった。晩年も精力的で、深夜までビデオや漫画を見たり、作品を描いていたりしたという。

 芸術活動をする第一人者に、自身の代表作を振り返ってもらう本紙文化面「自作再訪」取材のため、平成27年夏、千葉県内にある自宅を訪ねた。予定の午後1時にお邪魔すると、モンキー・パンチさんは「起きたばっかりなんだよ」と笑いながら出てきた。当時78歳だったが、バリバリ描いていた時代のなごりが抜けていないような印象だった。

 北海道東部にある浜中町で少年時代を過ごした。昭和20年代終わりでテレビはなく、近くに本屋もなかった。「情報源は新聞かラジオ。新聞広告などで読みたい新刊を見つけると、便利屋さん(という職業の人)に離れた書店で購入してもらい自宅まで届けてもらうんです。田舎だから、ちょっとした情報が刺激的で、新鮮だった」とパンチさんは話していた。

 小学生のころは江戸川乱歩の「怪人二十面相」、中学生になってモーリス・ルブランの「アルセーヌ・ルパン」シリーズを片っ端から読んだ。シャーロック・ホームズ(コナン・ドイル)や西遊記など冒険もの、推理ものを乱読し、想像することを楽しんだ。

 道内の定時制高校を卒業し、電気関係の専門学校で学ぶため上京するが、貸本用の漫画を描くアルバイトばかりしていたという。当時は(ゲゲゲの鬼太郎の)水木しげるや、(ゴルゴ13の)さいとう・たかをらも描いていたが、貸本屋は徐々に斜陽になっていった。

 そこでパンチさんは怪奇もの、探偵ものを描いた同人誌を100部ほど作り、出版社やテレビ局に送った。映画「007」ジェームス・ボンド役のション・コネリーの似顔絵を、大人の色気とアウトロー的な面を出して表紙に描いた同人誌が、双葉社編集長の清水文人氏(のちに同社社長)の目にとまる。「ナンセンス漫画を描けるか」と言われたパンチさんは、米風刺漫画雑誌「MAD」やアメコミを読んでいた影響の出た4コマ漫画を描くようになった。

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