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» 2019年08月09日 07時15分 公開

「ラスボス」小林幸子ができるまで 転落からネットの人気者に (1/3)

10歳の天才少女歌手として前の東京五輪の年に世に出てから55年。波瀾(はらん)万丈の歌手生活の末、インターネット世代の若者たちにも愛されるなど芸能界で唯一無二の存在になった。

[産経新聞]
産経新聞

 10歳の天才少女歌手として前の東京五輪の年に世に出てから55年。波瀾(はらん)万丈の歌手生活の末、インターネット世代の若者たちにも愛されるなど芸能界で唯一無二の存在になった。

photo 『ラスボスの伝言』を出版した小林幸子さん

 その若者たちがつけたニックネームが「ラスボス」。ゲーム用語で、最後に立ちはだかる最強の存在といった意味だ。NHK紅白歌合戦での豪華な衣装が「ラスボスっぽい」としてインターネット上で、そう呼ばれていた。

 『ラスボスの伝言 小林幸子の「幸」を招く20のルール』(小学館)は、「自分の機嫌は自分でとりなさい」「意見や希望は口に出せ」など、波乱の中で体得した独自の「ルール」を20個集め、エッセー風に語っている。


 初の著書だ。誘いは多かったが、「芸能人の本は、成功物語が多いでしょ。もう、そういう時代じゃない」と首を横に振ってきた。

 「『人生にはこういう切り抜け方がある』ということを伝えられるものにしたいと提案され、あ、それならできるかもしれない、とお引き受けました」

 語りおろしで、編集者と延べ約20時間をかけて半生を振り返った。

 昭和39年6月に歌手デビュー。新潟市から上京した直後に、新潟地震で実家が被災した。デビューのときから波乱。天才少女歌手ともてはやされたが、デビュー後は鳴かず飛ばず。クラブやキャバレーで歌って糊口(ここう)をしのぐ不遇の時代が、15年も続いた。だが、歌はやめなかった。

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